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         情報システム学会 メールマガジン
                 2007.9.25 No.02-06

[1] 理事が語る (金井一成)
[2] 第28回理事会報告
[3] 情報システム学会大会の案内
[4] 連載「大学教育最前線:第2回 佐賀大学」(掛下哲郎)
[5] 連載「情報システムの本質に迫る」第4回 (芳賀正憲)
[6] 情報システム学会「年金問題」検討について(柴田亮介)

<編集委員会からのお願い>
 ISSJメルマガへの会員の皆様からの寄稿をお待ちしています。情報システ
ムの実践,理論などに関するさまざまなご意見をお気軽にお寄せください。
 また,会員組織による人材募集やカンファレンス,セミナー情報,新書の
紹介など,会員の皆様に役立つ情報もお知らせください。
 宛先は,メルマガ編集委員会(issj-magazine■issj.net)です。
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[1] 理事が語る
   「現場SEの学会参加をお願いします」 金井一成(研究普及委員会)

 私は永らくメーカーのSEとして,お客様の情報システムの構築のお手伝
いをしてきました。情報システム構築といっても,その手順の標準化は確立
されていません。現場は日々手探りで行なっている状況です。その為,私自
身沢山の失敗を重ねてきました。
 最近でも,銀行の合併に伴うシステムの混乱,飛行機のチケット発行シス
テムのダウン,東証システムのトラブル,そして現在騒がれている年金シス
テム(年金問題も,広い意味で情報システムの開発プロセスの問題と考える
事も出来ます)等,大きな問題が発生しています。同じ構築でも,建築や土
木の領域の技術は,例えば,三内丸山遺跡の掘立て柱から数えて5,000
年,法隆寺からでも1,400年の歴史があります。

 翻って情報システムの世界は,コンピュータが生まれてから高々100年
にも満たない浅い歴史です。構築技術が未熟なのは当たり前かもしれません。
 ただ,未熟だからと諦めるにはあまりに情報システムの,社会生活への関
わりが大きすぎます。
 そこで情報システムの構築に直接関わっておられる現場のSEの方々,エ
ンドユーザの方々,システムをマネジメントされるCIOの方々,経営者の
方々そして学界,官界の専門家の方々が共通の場で課題について研究し,発
表し,討論し,共有して課題解決の糸口を掴んでいければと考えております。

 当学会では,現場のSEやエンドユーザの方々がその経験を論文にまとめ
るための支援活動も積極的に行なっております。「産業界からの論文発表を
促進するための研究会」(主査;高木理事)が中心になって進めており,今
回の全国大会・研究発表大会(*)でも11月30日にワークショップを併
設いたします。
 私と柏木直哉理事が担当させていただく「研究普及委員会」では,個人の
研究の支援や研究テーマに応じたシンポジウムの開催・他学会との共催等を
支援してまいります。
 SEの方々始め現場でシステム構築に携わっておられる方々が,数多く学
会にご参加いただくことにより,技術や運用の経験の体系的な蓄積,標準化
の立案,教育体型の構築等を会社や組織を超えて共有していけるでしょう。
 こうした経験や技術の蓄積,標準化,体系化を通じて,情報システム構築
の環境を整備して,将来,一級建築士のように,情報システム技術者の地位
も確立し,魅力ある職場への転換を図り,若い人が沢山参入してくることを
願っています。
(*)全国大会・研究発表大会については、以下の[3]をご参照ください。

html版は http://www.issj.net/mm/mm0206/0206-1-rk-kk.html
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[2] 第28回理事会報告

 議題1 入退会会員の審議
 議題2 研究発表大会の準備について
 議題3 「人間の情報活動としての業務プロセスの可視化」研究会の取り扱
     いについて
 その他
詳細はこちら → http://www.issj.net/gaiyou/rijikai.html
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[3] 情報システム学会大会の案内

 「情報システムによる価値の創造〜地域からの挑戦〜」をテーマに,第3
回情報システム学会を11月30日(金),12月1日(土)の2日間,新潟国際
情報大学中央キャンパスにおいて開催いたします。現在,会員から発表の申
し込みを受け付けています。大会テーマに関連した発表だけでなく,情報シ
ステムに関する広い範囲の発表も歓迎いたしますので,奮ってご応募くださ
いますようお願いいたします。

 本大会は特別セッションとして,大会テーマにもとづいた(1)「情報シス
テムによる価値の創造」,および,新潟において近年災害が多く発生したこ
とから(2)「災害と情報システム」を想定しております。また,行政と企業
における災害時におけるリスク管理に関する特別講演を予定しております。
演者は泉田裕彦新潟県知事と,今井辰夫 コロナIT企画室副部長です。

 詳細はこちら → http://www.issj.net/conf/issj2007/index.html
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[4] 連載「大学教育最前線:第2回 佐賀大学」
      佐賀大学 理工学部 知能情報システム学科 准教授 掛下 哲郎

 ITは企業,政府,教育機関,病院など様々な組織を支える基本的なインフ
ラの一つであり,ITを活用してユビキタス社会を実現するための技術も多数
提案されています。しかし,その一方で,IT社会を支えるべき人材の不足や
それに起因する問題が各方面から指摘されています。

 筆者の勤務する佐賀大学では,これらの問題を早くから認識して教育の質
的保証に取り組んでおり,2003年度には国内の大学で2番目にJABEEによる認
定(情報および情報関連分野)を取得しました。
   http://www.cs.is.saga-u.ac.jp/JABEE/

 大学等の高等教育機関に対するJABEE認定は,企業等に対するISO 9001(品
質保証システム)取得に対応します。すなわち,卒業生が達成すべき目標(知
識および能力)を大学が宣言し,それを達成するためのカリキュラムやシラ
バス等を整備して教育します。その結果を踏まえて必要な改善を施す,いわ
ゆるPDCAサイクルを機能させることを通じて教育の質的保証を達成すると同
時に,教育システムの継続的改善を実現しようとするものです。

 佐賀大学 知能情報システム学科が掲げている目標を以下に示します。
 (A) 情報システムの社会的意義と技術者倫理に関する知識
 (B) 情報システムの原理・構造・設計・実装に関する知識と応用能力
 (C) コンピュータサイエンスに関する知識と応用能力
 (D) 数学や自然科学に関する知識と応用能力
 (E) 文書作成・プレゼンテーション等のコミュニケーション能力
 (F) 問題解決のための情報収集,計画立案,計画推進等の能力

 大学が掲げる目標は単なる努力目標であって,建前に過ぎないと解釈され
るケースも多く見られますが,JABEE認定プログラムの場合には,講義資料
や答案等の確認や教員・学生等へのインタビューを含む厳しい外部審査を通
じて,掲げられた目標が実際に達成されていることが保証されています。

 また,JABEE認定プログラムの修了者には,技術士の一次試験が免除され
ます。JABEE情報分野では2006年度までに28のプログラムが認定されており,
毎年1000名以上の認定プログラム修了者が大学を卒業しています。

 今年の7月1日から実施されている「情報システムに関する政府調達の基本
指針」では,情報システム調達における多くの工程において,情報工学部門
の技術士資格が推奨されることになりました。これを受けて,技術士(情報
工学)やJABEE認定プログラム(情報分野)の価値が高まることが期待されます。

 日本後経団連が今年1月に出した御手洗ビジョンでは,「高度ICT人材を5
年に1500人/年,10年後に3000人/年育成する」といった目標が掲げられてい
ます。この目標は,JABEE情報分野の修了生に対して技術士(情報工学)のIPD
およびCPDを施せば達成可能なものになります。

 筆者はJABEE認定プログラムや技術士資格だけを重視するつもりはありま
せん。しかし,情報専門教育を受けた学生が,しっかりした継続教育を受け,
しかるべき能力を持たせた上で,その能力にふさわしい処遇を期待できるよ
うにキャリアパスを構築する必要があると考えています。

 そのためには,産業界,大学,学会も含め,産学官の協力が不可欠です。
今年4月に情報処理学会で「高度IT人材育成フォーラム」を立ち上げました。
これも,そのためのきっかけを作るのが大きな目的です。本フォーラムには
情報システム学会の会員の方も無料でご参加頂けます。10月24日には情報シ
ステム学会の協賛も頂いて東京でイベントも開催しますので,IT人材問題に
関心をお持ちの方と議論できれば幸いです。

   http://www.ipsj.or.jp/10jigyo/forum/kodo-it.html
   ( Yahoo/Google検索キー:高度IT人材育成フォーラム )

html版は http://www.issj.net/mm/mm0206/0206-4-zs-tk.html
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[5] 連載「情報システムの本質に迫る」
       第4回 「理想論を言うな!」         芳賀 正憲

 野球がベースボールの翻訳語であることは,子供たちも含めほとんどの日
本人が知っています。しかし,理念,理想,本質,直観,経験,感性なども
野球と同様に翻訳語であることは,それほど知られていません。実はわが国
では,日常使っている言葉の中に翻訳語が非常に多いのです。ごく一部を挙
げただけでも,次のようなものがあります。
  文化  情報  科学  工学  技術  論理  思考  価値
  主観  客観  現象  具体  抽象  概念  定義  常識
  説明  哲学  物理学 化学  心理学 ・・・
 わが国では,「概念」という概念も輸入された概念(言葉)なのです。ビ
ジネスや研究・教育で使われている主要な言葉は,ほとんど翻訳語であると
いっても過言ではありません。

 この連載の最初に,日本が基盤ソフトのほぼ100%を輸入に頼っている
ことが問題であることを述べました。しかしコンピュータのソフト以前に,
日常のいわゆる自然言語がすでに,輸入された言葉に多くを依存しているの
です。
 どうしてこのようなことになったのでしょうか。前月号で,西欧と日本で
は概念化のレベルに差があることを述べました。発端は,紀元前にさかのぼ
ります。その後2000年以上にわたり,両者の差は拡大し続けました。明
治維新でわが国は,哲学・科学・産業・立法・司法など人間活動のさまざま
な分野における西欧の優位にがく然とし,これにキャッチアップするため,
西欧で形成された大量の概念を翻訳語として導入することにしたのでした。
 概念(言葉)を大量に輸入したからといって,わが国の概念化能力が向上
したわけではありません。それは,欧米のソフトを大量に輸入したからとい
って,わが国のソフト開発力が増していないのと同じことです。

 文化には,大きな慣性があります。京大学長など要職を歴任されている長
尾真氏は,「一般的には,欧米の学者は,名前を与えることによってある概
念を他の概念から明確に区別するということに関心が高く,こうした名称の
体系によって学問を体系的につくり上げていくことが上手である」と述べて
います(岩波新書「「わかる」とは何か」)。わが国では学者でさえ,概念
化に関心が低く,学問を体系的につくり上げていく能力に乏しいことが示唆
されています。オントロジー(概念体系)が情報システムの基盤と目される
ようになった今日,憂慮すべき事態です。

 西欧で「概念」という言葉のルーツは,「手でつかむ」ことです。赤ちゃ
んが何でもつかんで口に入れ,それによってまわりの世界を把握していく。
手でつかむことが頭でつかむことになる,それが概念の始まりです(青土社
「ベレーニケに贈る小さな哲学」)。
 自らはつかまないで,西欧でつかんだ大量の概念を輸入したわが国では,
それらの意味を正しく把握していない可能性があります。福沢諭吉や西周な
ど,翻訳語を作った人たちは正確に理解していたかもしれません。しかしそ
の後は伝言ゲームにより,意味が変質して定着した恐れがあります。
 例として「理想」が挙げられます。明治40年に制定された早稲田大学校
歌「都の西北」(相馬御風作詞)には「現世を忘れぬ久遠の理想」とあり,
このときはたしかに理想と現実が同時に考えられています。しかし今日理想
は現実の反対語と見なされ,特に生産性を重んじる企業社会では,現実を離
れた理想について論じるのは無駄なこととされ,「それは理想論だ!」「理
想論を言うな!」など,理想を否定し排除するような発言が現場でよく聞か
れます。
 ところが西欧の設計や問題解決の主な技法を調べると,理想について議論
するプロセスが必ず設けられているので驚きます。米国でナドラーの提唱し
たワークデザインでは,システムの目標を定めた後,それを実現する理想シ
ステムを考え,理想システムに近づけるよう現実システムを設計していきま
す。旧ソ連で開発された創造的問題解決技法TRIZでは,アルゴリズムの
中に理想解を定義するステップが設けられています。
 デマルコの提唱した構造化分析は,情報システムの要求分析技法として長
らく主流の位置を占めていました。この技法の特徴は,現行の物理モデルか
ら現行の論理モデルを作成,それをもとに新論理モデルを開発するところに
あります。ところがデマルコは,肝心の論理モデルに関して,定義や評価基
準を明確にしていなかったのです。これに対してはすぐにマクメナミンとパ
ルマーが,論理モデルはシステムの本質モデルであるとして,その基本形式
と開発手順を提案し,デマルコもこの提案を絶賛しました。ここで本質モデ
ルとは,名称こそ異なりますが,ワークデザインの理想システムと同等のも
のです。本質モデルは非常に大事な考え方ですが,わが国では学界・産業界
ともに注目する人が少なかったのは残念なことです。

 日本と西欧で理想の取り扱いがどうしてこのように異なるのか,手元の2
つの辞書を見て得心がいきました。小型の新明解国語辞典には「実際には実
現できないとしても・・・」と,実現できないことが前提であるかのように
書かれています。一方広辞苑では,理想がidealの翻訳語であることを明記
した上で,「・・・実現可能なものとして行為の目的であり,その意味で行
為の起動力である」と記されています。広辞苑の意味だと,設計や問題解決
技法の中に理想論が組み込まれている理由が分かります。
 人間活動の中に理想をどのように位置づけるかということは,学問や技術
の発展はもちろん,広く社会や文化のあり方にも影響を及ぼす重要なことと
考えられたので,情報システム学会の設立総会に哲学者の今道友信先生が来
られたとき,「ベストセラーの小型辞書でこのように理想が解説されている
のは問題ではないか」という旨をお話しました。このとき今道先生が「広辞
苑の理想の項目は,私が執筆しました」と言われたのでびっくりしました。
今道先生は,ギリシャ時代から現代まで西欧で理想がどのように考えられて
きたか精査した上で広辞苑に書かれているにちがいありません。理想に関し
ては,広辞苑の解説が正しいことを確信しました。

 あと一つ,翻訳語が正しく理解されていない重要な例として「説明」が挙
げられます。広辞苑では「説明」について次の2項目の解説がなされていま
す。
 (1)事柄の内容や意味を,よく分るようにときあかすこと
 (2)(explanation)記述が事実の確認にとどまるのに対して,事物が
「何故かくあるか」の根拠を示すもの。科学的研究では,事物を因果法則に
よって把握すること
 いくつかの小型辞書を調べると,いずれも(1)に相当する意味のみ書か
れていて(2)項がありません。(2)項が翻訳語としての意味で,ビジネ
スや研究・教育などでは,この意味で「説明」がなされるべきですが,一般
には(1)(2)の区別がほとんど認識されていないのが実態です。
 上智大学教授をされていた高根正昭氏が米国に留学中,雇い主でもあるB
助教授の論文に意見を求められました。高根氏が最大級の賛辞のつもりで
「あれは大変によい記述的論文だと思う」と言ったところ,B氏の顔から見
る見る血の気が引いていったそうです(講談社現代新書「創造の方法学」)。
日本で記述と説明のちがいを,顔色を変えるほど意識している人は少ないと
思われます。
 情報システムにおける言語技術の重要性については前月号で述べたとおり
ですが,わが国の場合,翻訳語の語義に関して今後特段の配慮が必要です。

 この連載では,情報と情報システムの本質に関わるトピックを取り上げて
いきます。皆様からもご意見を頂ければ幸いです。

html版は http://www.issj.net/mm/mm0206/0206-5-jhnst04.html
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[6] 情報システム学会「年金問題」検討について  柴田亮介

 7月20日 学会有志によって「年金問題」を取り上げての真剣な議論が
ありました。議論はあちらへこちらへと飛び交い,最初の検討会としては実
に実りある内容でした。以下に,議論内容をベースに私の意見も加えながら
整理してみました。私の思い込みや知識不足など足りないところがあると思
いますが,学会が「年金問題に一石を投ずる」ために皆様の議論の参考にな
れば幸いです。
 年金問題は,情報システム学会にとってまたとないチャンスです。情報シ
ステムがなくては年金支給ができない,情報システムに信頼性がなければ多
くの国民を不安に落ち込ませてしまうからです。これまで,このように国民
が情報システムを身近な存在であると意識し,国民のすべてが関心をもつこ
とはありませんでした。年金納入記録を保証するコンピュータデータベース
に欠陥があるようだ,というだけでなく,その運用システム,システムを統
括する組織にも常識では考えられない事態が発生していたのです。
 厚生労働省,社会保険庁,地方の保険事務所は,年金を税金のようなもの
だと考え違いをしていたのではないでしょうか。つまり,すべての国民は義
務として年金を納付すべきである,さらに年金納付は進んで自分から申告す
べきものである,と。「そして,時期が来れば,必ず相応の年金額を年金加
入者に支給しなければならない」という認識が極めて希薄であったといえる
でしょう。なぜなら,税金の場合,納付された税金は集められて,国の政治,
地方行政のために使われるので,「後から,国民への給付する」という行動
は一切ありません。年金を税金と同じように考えると,このたびの年金問題
の杜撰さがよく見えてきます。こうしたびっくりするような認識の違いもさ
ることながら,年金問題は官公庁・自治体の情報システム受発注の仕組み,
言い換えればIT(インフォメーションテクノロジー)産業おける商取引の
実態にも大きな原因があると思われます。

 官公庁・自治体業務を支える「大規模情報システム」の受発注には,多く
の欠陥があります。その第一は,発注側に情報システムの専門家,プロがい
ないという不思議です。この場合,専門家とは,業務に詳しいこと,システ
ムにも詳しいこと,の両面を含んでいます。官公庁では,幹部候補生は2,3
年ごとの人事異動があり業務にも,システムにも詳しい専門家として育成す
ることはできません。幹部候補生は,ジェネラリストとして各省庁を経験す
ることが優先されるからです。幹部が現場の判断や考え方を正しく吸収し意
思決定を行なうのでなければ,的確な業務はできません。"よきに計らえ"で
は,杜撰な業務と杜撰な情報システムができても不思議ではありません。発
注側に専門家がいないのですから,結局,業務システムおよび情報システム
の設計,開発,運用は,受注者側主導となるのは当然です。受注者側主導で
あれば,受注者側優先の業務,利益獲得になるのは火を見るよりも明らかで
す。年金の場合は,NTTデータが情報システム開発のすべての要件に携わ
らざるを得ない状況でした。当初の設計,開発業務をNTTデータ側で負担
していますので,社会保険庁は開発されたシステムを利用するという立場を
とっています。これは後々入ってくる毎年の利用料と莫大な運用費を当てに
しているのです。また,コンピュータの運用作業自体もNTTデータが担当
し,膨大なデータ件数になるので運用費も膨大になります。当初の設計,開
発費の持ち出しがあっても,その後半永久的に使用量,運用費が入ってくる
ので,NTTデータは十分に元が取れるという仕組みです。なおかつ,NT
Tデータは開発当時にはすでに償却を終えようとしているコンピュータを使
って年金業務の設計,開発,運用を行っています。これもまた大きな利益を
生み出しますが,一方でシステムパフォーマンス,漢字採用ができないなど
不都合な問題点が多く指摘できます。この点も,発注者側に専門家がいない
こと,その結果受注者側主導になった,その結果でありましょう。

 この度,年金を加入者に正確に支給するために,情報システムの変更が加
えられました。この際に,新しくソフト開発会社が参入する機会はありませ
んでした。NTTデータの独占する業務になってしまいました。なぜなら,
基本システム(コンピュータプログラム)の著作権をNTTデータが握って
いるからです。この結果,NTTデータが年金システムを支配していて,社
会保険庁は逆にそれに従わなければならないというのが現状です。こうした
現象は,官公庁の大規模システム開発プロジェクトには,よくあることです。
国民の大切な年金や税金という財産が特定の事業体につぎ込まれているので
す。まさに,"情報システムの開発,運用"という名を借りた官と民の癒着そ
のものではないでしょうか。このような受発注の仕組みが,日本のIT産業
の健全な発展を妨げています。組織が大規模であるがゆえに,官公庁とのパ
イプが太いという理由で,大規模な情報システムの開発プロジェクトが受注
できる,そのようなNTTデータの存在に多くのソフト開発会社,コンピュ
ータメーカーの担当者が泣かされてきました。21世紀のIT産業の発展のた
めに,NTTデータを分割し本来あるべき民間事業体の姿へと変えていかね
ばなりません。このために,多くの活発な議論と提言をしようではありませ
んか。

 社会保険庁は,「責任を全うする」という社会では当たり前の考え方,意
識が欠如しています。国民皆年金という方針を全うするのであれば,国民一
人一人の年金納付状況を正確に記録しておかなければなりません。もし,情
報・データが欠落していれば,これを補い正確な情報・データにするのが社
会保険庁の仕事です。なぜなら,年金は必ず時期が来れば納付状況に応じて
一人一人に支給しなければならないからです。社会保険庁の管理職は国民皆
年金の方針に沿って現場の仕事が正しく行われているか,を把握し,的確な
指示と判断を下さなければなりません。実態は全く逆で現データである文書,
帳票を破棄するように現場に促したというではありませんか。常識では,コ
ンピュータインプットが終了したからといって,現データを直ちに破棄する
というような愚は決して行いません。後から,インプットの間違い修正や情
報・データの確認が必要になってくることがあるからです。十分な期間が経
過してはじめて源データを破棄することができるのであって,それまでは当
然保管の義務があります。あまつさえ,当時の社会保険庁長官は,「今のう
ちに年金を使ってしまえ,支給はずっと後のことだから。」といって,社会
保険庁の組織下に多くの関係団体をつくり,日本全国に保養所施設グリーン
ピアを建設しました。関係団体は,社会保険庁の幹部の天下り先であり,国
民財産である年金を湯水のように浪費したのであります。そのお金はもう戻っ
てこないのです。監督官庁である厚生労働省はわれ関せず,事態を傍観する
だけでほかに何もせず,当人たちは大過なく社会保険庁の用意した天下り先
に次々に転じていきました。幹部がこういう事態ですから,現場はやりたい
放題になるのも避けられなかったことでしょう。当時の労働組合は自分たち
の都合さえよければを優先して,労使協定を結んでいます。この内容も世間
の常識からははるかにずれた内容でした。組合の力が圧倒的に強く長官です
ら何も手を出せなかったということです。当然,年金の利用者である国民の
ことは,何も考えてこなかったということです。つまり,全組織を挙げて年
金を食い物にしてきたのです。実に,不可思議な組織が存在していました。

 さて,NTTデータは,年金作業システムを設計,開発し,運用をしてき
ました。社会保険庁からの指示は全くありませんから,NTTデータ主導で
すべてが行われました。NTTデータは,自分本位のシステムができればよ
かったのです。そこには,利用者である国民の姿を見ようとする態度は全く
ありませんでした。ただ,単に「当社は社会保険庁の発注に従っているので
問題はない」が優先したのです。通常,システムを運用していくと,システ
ムやデータの不備が発見されてその都度システムに修正が施されます。シス
テムを使い込んで利用することで,システム精度やパフォーマンスが向上し
ていくのが普通です。年金システムの場合,窓口で社会保険庁側の規則を盾
に取り利用者の意向を拒絶することが多く,せっかくのシステムチェックの
機会を自ら放棄していました。また,定期的にシステム監査が必要であった
にもかかわらず,これも放棄していました。どこからもチェックされない状
態では,決してよくなることはありません。年金システムは,その最悪の典
型例でしょう。

 今回の議論から,すべての国民,厚生労働省,社会保険庁,各地域の保険
事務所,NTTデータなどソフトメーカー各社に対して,私は以下の3項目
を提言したいと思います。また,今後早急に情報システム学会が「年金問題」
を正面から取り組み,社会に提言,警告できるように期待しています。

<1>IT産業における情報システム受発注の健全化
 年金問題における受発注の実態は,到底看過することはできません。官庁,
自治体,団体などの公的機関での情報システム開発の実態は,年金問題と同
じ問題を含んでいます。地方自治体での情報システム開発でも発注者側にシ
ステムの専門家が不在で,受注者側に的確な指示ができず結局大手のメーカ
ーに丸投げするという,全く似たような事例がどこにもあるようです。これ
まで多くのソフト開発会社,コンピュータメーカーが,不公平な受発注にど
れだけ泣いてきたでしょうか。機会均等,公平に受注できる,共通の標準,
基準を持たねばなりません。それも,国際的に通用する基準が必要です。基
準づくりに際して,IT産業の監督官庁には一歩も二歩も引き下がっていて
もらわなければなりません,骨抜きにされてしまいますから。学会,大学・
研究所,経団連,産業界(特にIT産業だけでなく日本を代表する企業)の
参加を得ることによって,健全なシステム受発注の標準,基準づくりに向け
てスタートできると確信します。
 組織的には,官公庁内に監査庁を新しく設置することも検討するとよいで
しょう。現在の公的業務は,情報システムの働きなくしては十分に機能しま
せん。これまで情報システムの存在は,片隅に追いやられていたと思います。
情報システムを効果的に効率的に活用することが,本来業務を円滑に遂行で
きる必須条件となっています。このために,定期的にシステム監査を行う必
要があります。ちょうど金融面で,公的な会計監査が定例になっているよう
にです。このような公的制度とは別に,情報システムドッグを提案します。
人が人間ドッグで定期健診するように,情報システムも今健康か,病んでい
ないかを定期的に診断する仕組みです。いまや,治療から予防の時代へ入っ
ています。自社のチェックは欠かせませんが,第三者による診断チェックの
結果は,その組織体の価値を決定すると思われます。

<2>専門家による受発注交渉
 現場とシステムに詳しい専門家による受発注交渉が欠かせません。大切な
国民の財産を適切に活用するためにも,企業が汗をかいて獲得した利益を次
の事業に活かすためにも,優れた専門家が受発注業務交渉のテーブルで向き
合うことです。「現場については知りません,分かりません,システムのこ
とは分かりますが」は駄目です。現場の仕事が優先し,システムはこれをサ
ポートするという根本的な認識ができていなければ,どんなシステムを開発
しても現実からは遊離します。その結果,開発を終了してからの運用面で大
きな障害を抱えることになります。業務の遅滞,人員増やコスト増を招きま
す。専門家による受発注交渉は当たり前のことですが,それができていない
現実を直視すべきです。このための人材育成,技術・技能の向上とわざの伝
承が欠かせません。
 とくに,官公庁・自治体では,自組織内でシステムの専門家を育成するこ
とを忘れていました。企業が,情報システムを企業戦略の重要な武器と位置
づけてきたのは,激変する市場競争に勝ち抜くためでもありました。ところ
が,官公庁・自治体は環境変化に眼をつぶって自分の組織内ばかりに目を向
けていたに違いありません。発注側として適切なシステム開発の指示をおこ
なうことは,まさに官公庁・自治体の仕事そのものです。専門家を養成でき
ずに,今日の役所業務をまっとうできるはずはありません。組織的な対策が
必要です。

<3>利用者の姿を明確に捉えてのシステム設計,開発,運用を
 システムが存在する理由は,利用者満足です。利用者あっての,システム
です。ともすれば,発注者側の事情が優先し,受注者側の能力不足,感性の
不足によって,利用者の姿を忘れがちです。つまり,受発注双方の思惑が優
先して利用者の姿が見えなくなってしまうので,決して利用者のためにはな
りません。本末転倒です。システムの開発によって「利用者のどんな問題を
解決するのか」,設計段階で十分に解明します。設計当初に設定された解決
方針は,運用に至るまで脈々と生きて個々の作業の判断基準になります。最
初の問題設定で間違えたばかりに,開発,運用でひどい目にあった,という
話は山のようにあります。「どのように問題設定をどうするか,システムで
解決すべきことはなにか」は,利用者の姿をどこまで読み切れるか,にかかっ
ているといえるでしょう。

 時間が経過して驚くべき事実がわかりました。年金問題は,年金横領とい
う異常事態を含んでいました。納入した億単位の年金を各窓口の担当者が盗
んで自分の懐に入れていたという事実です。あきれてモノがいえません。一
人の人間がすべての入金業務をおこなうやり方が,年金横領を産み出したと
いえましょう。入金業務を二人以上で確認,チェックするという基本動作が
業務システムに組み入れられていなかったのです。お金を扱う業務は,確認
の連続です。人は,次第に業務に慣れてお金に麻痺していきます。年金横領
は勿論担当者の良識を問うところから始まりますが,システム開発者はあら
ゆる可能性を検討しつつ業務システムを組み立てていかねばなりません。利
用者のことを考えつつ,システムに関わる人にも配慮するという,まさに人
間を真正面に据えてシステムを開発・運用することが求められている,とい
うことです。
 年金問題は,情報システム学会が標榜する「人間中心の情報システム」に
ついて改めて考えさせられる大きな問題です。学会は,年金問題を教訓の事
例として「健全な情報システムとは何か」を,社会に働きかける役割がある
と思います。

html版は http://www.issj.net/mm/mm0206/0206-6-kc-rs.html
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