情報システム学会 メールマガジン 2010.1.25 No.04-11 [4]

第5回 「情報システムのあり方と人間活動」 研究会 開催概要記録

 開催日時 平成22年1月16日(土) 午後1時30分
 場所 慶應義塾大学理工学部創想館2階 ディスカッションルーム8


第1部 午後1時30分〜3時  質疑30分
    題目 「情報システムの構築・運営にかかわる倫理」
    講演者  慶應義塾大学 文学部教授  樽井 正義氏

【講演概要】
 情報システムと倫理の問題について、当学会で報告された年金記録問題レポートを参考に論ずる。
 まず初めに倫理学と応用倫理の関係についてであるが、倫理学は、哲学の1分科である、実践哲学に位置づけられる。倫理学は、規範倫理学、記述倫理学、メタ倫理学、応用倫理学から成り、今回の題目については、応用倫理学と関係が深い。メタ倫理学と応用倫理学は、20世紀になってから成立した。応用倫理学は、価値・事実を論理的に表すことを目的にしている。哲学について歴史を振り返ると、中世の伝統的な大学においては、神学、これは、啓示神学(聖書研究)と自然神学(自然学と自然科学から構成される)と法学、医学、哲学(理論哲学と実践哲学)を教育していた。実践哲学は、記述倫理学から成り近代の社会科学と人文科学へ発展した。
 「応用」倫理学については、1998年に4巻本でRuth Chadwick,ed., 書名Encyclopedia of Applied Ethics. Academic Pressが出版され社会の各分野について倫理面から取り上げている。この中に、Professional ethicsも記述されている。応用倫理学の1分野に生命倫理があり、本日の題目を考える場合に参考となる。ちなみに、生命倫理については、1970年に、Van Rensselaer Potter: Bioehics-The Science of Survival が出版され、更に1978年に、Warren T.Reich,ed.:Encyclopedia of Bioetics.5 vols.が発行された歴史があり、1970年代は、生命倫理が成立した時代であった。
 生命倫理成立の背景は、ベトナム反戦、消費者の権利主張、黒人公民権運動、フェニミズムに見られた 決める人 対 決められる人の関係を影響を受ける当事者が決めることが出来るように、市民運動による政府・企業による情報公開(accountability)の流れにより、医事行為における医師・医学者による情報提供(informed consent)へと結びつき生命倫理の成立へ繋がった。現在、医事行為については、倫理原則が成立しており、この内容は、自律の尊重、無危害、善行、正義となっている。
 又、科学技術評価に関しては、環境汚染(DDT使用による危険性)が1962年にRachel Carson(専門家)から指摘され、1963年に欠陥車が消費者権利を守る点からRalf Nader(非専門家)が危険性を指摘し、又、同時に核エネルギーの利用についても1957年にバグウォッシュ会議でアインシュタイン・ラッセル・湯川・朝永等が危険性を指摘した。その上で現在、専門家に求められている重要なことは、

 1 素人に理解できる情報を提供する(accountability)
 2 素人に危害が及ぶことを警告する(whistle blowing)

以上の2点とされている。
 ここで、今回発生した年金記録問題を学会レポートから考えた場合、情報システムの受注者は、システム構築・運用を受託、社保庁は、受注者の監督と年金徴収と年金支給を国民(エンドユーザー)から受託している構図と考えると、社保庁が受注者を監督する能力が無いことは極めて不可思議、加えてシステム構築・運営の専門家による過誤があったと推測される。専門職と倫理について考察すると、情報システム関連学会倫理規定においても情報システムがもたらす社会や個人への影響とリスクについての配慮と社会・個人を尊重し個人情報及びプライバシの保護が求められており受注者は守るべきであったと考える。
 又、一般的に欧州での専門職の伝統によれば、神学・法学・医学が上級学部で専門職を教育する学問として位置づけられ、哲学は下級学部の学問としてみなされている。専門職は、知性(高度な学識を要する)、実用(人を直接に助ける、危害をもたらす場合あり)、倫理(利益を与える、危害を加えない)を十分に考慮し行動することが期待されており、情報システム構築・運用の専門家も専門職の位置づけと考えられる。なお、ギルドと言った職能集団もメンバーの専門性と倫理性を確保することが前提とされている。
 専門家と職能集団の倫理についてまとめると以下のようになる。

 ・専門家に求められることは、人に利益を与える 危害を与えない
 ・職能集団に求められることは、素人に理解できる情報を提供する(accountability)、 素人に危害が及ぶことを警告する(whistle blowing)

ことであり、今回生じた年金記録管理問題については、学会外へも公表することが望まれる。年金記録については、個人情報保護法からも、個人情報は、正確・完全・最新である必要があると規定されており、情報の倫理の観点から情報が誰に帰属するのかを意識した議論が必要である。


第2部 午後3時40分〜4時45分  質疑 20分
    題目 「知識資源管理 不撓経営を続ける」
        知識の定義 知識の経営における利活用 日本的知識とは
    講演者 (株)システムフロンティア 名誉会長  情報学博士
        松平 和也氏
【講演概要】
 企業において不撓経営を行うには何が重要かを論ずる。
企業での重要な資源として知識(形式知)を位置づけ、定義を行う。知識を構成する構成要素は、企業を構成する以下の4項目である。
1 組織 2 システム 3 情報  4 データベース
知識資源活用のために統合的方法論を以下のように体系的に整備した。

・組織開発方法論
・システム開発方法論・・・PRIDE
・情報開発方法論
・データベース開発方法論
・個別方法論[全て10フェーズ]を統合利用、10と言う数は、禅宗の十牛図と不思議に符合した。

 しかしながら、日本において不撓経営を粘り強く実現している企業を観察すると、日本的知識の伝達が各種の方法で行われている。この一つの方法が、口伝による先代から当代への論説的伝達(Discourse)である。
 例として、刃物というものは一つのものを二つにすることであり、物を切ることではない、と言う話。そして、先代と当代は対立しないが議論はする。
 又、別の方法は文書による伝達であり、例として虎屋の掟書きは、400年の間に1800年に1回だけ書き直したが店を守ることが書いてあり、家訓は無いが代が変わる時の儀式では毘沙門天に祈る。又、使命認識は、美味しいお菓子をお客に喜んで召し上がっていただくとしている。他にも一子相伝、家訓店訓、見世方心得があげられる。
 現代では、花王のBlueWolfプロジェクトが事例といえる。2000年から2009年に亘る新基幹系システム再構築(全世界標準システム、総合投資100億円)により情報と商品は等価であるとの社長の経営理念が結実し、2009年3月期は10%売上増となり、又、管理サイクルが月次から週次へと業績予測精度が向上した。
 花王では、現状には満足しない企業風土を産出す企業理念(花王ウェイ)が根付いている。花王のシステム化もトップ主導で構想が行われ理念が先行するコンセプトであり、システム部門は積極的に利用部門と一体となって経営を推進している。
 岩手県にある木津屋(事務機器材・文房具の会社)本店の家訓の一例は、慈悲を本とすべし、正直を守るべし等で、臨済宗無方規伯師の指導で作成したもの。又、同店の見世方心得は、商人の心得が短歌と箇条書きにてわかりやすく教えるように用意されている。
 福岡の豪商、今井宗室もウソをつくな等の十七条の遺訓を残している。
 優良企業である柳屋も、10条に亘る店則を持ち長期間繁盛している。
 『にんべん』の諸入用帳も、かつぶし販売を現金掛け値なしの信用を確立するための努力の一環で、管理用途に工夫を加えてこしらえた。社員一人ひとりにかかる経費を予算化して書き付ける。紙とか墨などのほかに旦那のこずかいも記入した。(但し、旦那に聞いて)更に、経営語録として竹名堂茶屋伝法聞書があり、苦労したことを記すほかに、政治に関わるなとか、お客はお城かお寺しかなかった等が記録されている。
 最近、組織ディスコース論が注目されている。組織ディスコース(注1)とは、話したり書いたりする実践に(さまざまな視覚的表現や文化的な人工物にも)埋めこまれているテキストの構造化された集まりを言う。
 実践の組織ディスコース論により経営組織の本質的理解を得る可能性が高い、実践のなかの言語的相互行為そのものが経営における協働のために重要である、等を経営情報学会Vol18,No.3で木村氏が主張している。
 不撓経営には、ストーリーテリングが重要であることが認識され始めている。
 ストーリーテリング(注2)に関しては、

  ・物語を語って聞かせること
  ・説得や知識の共有や創造に役立つ
  ・ナラティブ(話術、語り口)が有効な方法である

 工場で作業中、作業者がラインを止め、質問を入力し、誰でもが回答でき、それを皆が読めるということがトヨタのある工場で実現している
 企業の永続的な発展に日本的な知識伝達が重要であると見直されると考える。
 (注1)[Grant et al., 2004 Organizational Discourse]
 (注2)参考書
     [ストーリ−テリングが経営を変える] 同文館出版 2008年
     高橋正泰、高井俊次訳
     原著作者 John Seely Brown, Stephen Denning
          Katalina Groh, Laurence Prusak

以上