情報システム学会 メールマガジン 2013.2.25 No.07-12 [11]

連載 プロマネの現場から
第59回 スキーの魅力

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 40歳過ぎてから、スキーを再開しました。数年前、同じプロジェクトで一緒に仕事をした10歳以上年上の先輩が50歳を超えた現在でも、年に10回はスキー場に通っているということに触発されて、18年ぶりにスキーに行ったのでした。上手くはないものの、自転車と同じで、一度身体で覚えたことはなかなか忘れていないはず、と思って、いきなりゴンドラに乗って降り立ったところ、さあ大変。身体をどう動かしたら、左右にターンできるか、ということさえ見事に忘れてしまっており、冷や汗と文字通り、大汗をかきながら、40分ほどかかってなんとか下に降りてくることができました。ただちに、スキースクールに申し込みました(笑)。
 現在も、下手の横好きの域を出ないのですが、この時以来、毎冬、休みが取れる週末は、たとえ日帰りでも、せっせとスキー場通いするようになりました。
 最近のスキー場は、バブルの頃と違って、リフトに一時間待ちなどということはめったになく、食事も充実しています。
 自分がスキーを再開したせいか、意識していることの情報が集まりやすいというカラーバス効果もあり、最近、気がつくのは、40歳を越えてスキーを始め、その魅力に目覚めた人が結構いることです。みなさんのはまりっぷりと、そのスキー哲学というべきものに、共感することしきりです。
 ソニーの創業者であった盛田昭夫さんは、若いころからゴルフ一筋だったそうですが、
60歳でテニスを始め、65歳になってからスキーを始め、67歳でスキューバダイビングを始められています。スキーについては、シーズン中は毎週のように安比や旭川のカムリ・リンクなどのスキー場へ通ったといいます。盛田さんのスキーに臨む姿は、大前研一さんがこう描いています。

≪・・年をとってから始めると、傾斜のきつい坂を滑降するのには勇気がいる。

そこで氏は、若手女性社員たちも呼んで、彼女たちの前で「勇気、勇気」と心の中で叫びながら滑ったそうだ。≫(*1)
そして、スキーをもっと早くはじめていればよかったと言った、ともいわれています。

 ところで、スキーの魅力とは何でしょうか?

1.白銀の世界
 まず、一面の真っ白なゲレンデの美しさとそこでの爽快感、
 リフトや頂上からみた景色の美しさや雄大さがあります。

2.滑走の快感
 朝一番、整備されたばかりで、スキーやボードの跡が一つもついていないゲレンデを
滑るときの心地よさは格別のものがあります。
 滑走時は、ジェットコースターに似たゾクゾク感があり、また、真下に落ちるような感覚のする急斜面に向かうとき、恐怖心とともに、そこを滑り降りる時の快感、スリルを感じることができます。

3.スピード感
 風を全身に感じながら、ゲレンデを疾走するときの気持ち良さは、日常ではなかなか味わえません。

4.新鮮な空気
 摂氏0度前後の空気は、冷たいだけでなく、清らかな気がしますが、この空気を胸一杯に吸い込むことで、リフレッシュできます。

5.スキルに応じた楽しみ
 たとえボーゲンしかできず、初心者コースしか滑れない時でも、スキルに応じた楽しみ方ができます。

6.クタクタになれる
 朝食後の8時過ぎからゲレンデに出て、夕方リフトが止まる5時前まで、まるまる一日をゲレンデで過ごす。文字通り、クタクタになることができます。
 デスクワークの欠点は、心が疲れているにもかかわらず、身体が疲れていない点にあります。心と身体のバランスを取るために、身体を使うことが大切だと思っています。

7.筋肉痛も楽しみ
 日ごろ使わない筋肉を使うため、滑走後は、筋肉痛に襲われます。
 でも、この筋肉痛の痛さも、楽しみの一つになります。

8.夢中になれる
 急な坂に対峙している時は、どうこの坂を滑り降りるかを考えるだけで精一杯です。
 無我夢中で滑っている時は、日常のことは一切頭になくなっています。
 誰かと滑っていても、滑り降りている瞬間は、一人になります。
 他人のことは、眼中になくなります。

9.心と体が開かれる
≪スキーが上手になるコツは、ただひとつ。
 心を開き、からだを開くことだ。
 言い方を変えれば、雪と斜面と友達になることである。≫(*2)
心が閉じていると、雪との決闘になって復讐されます。スキーは雪との格闘技ではありません。心を開き、からだを開く。雪と斜面に友達になってもらうことが大切です。だからこそ、心を閉ざしがちな人こそ、スキーがその心を開いてくれるのかもしれません。

≪制動したいと思ったら、むしろからだを前に投げ出すのが制動の原則的な技術だが、ターンでもこれはいえる。深い谷底に身を投げ出してこそ、安全で確実でスムーズなターンができる。
谷に対して正面を向くこと。これは大事な心得である。≫(*2)

 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ということを実感する瞬間です。

10.温泉を楽しむ
 スキー場のある山の麓の多くには、良い温泉があります。疲れた身体が、温泉の湯に入ることで、癒されていくのを感じるのは、なんとも気持ちのよい時間です。

 このような魅力満点のスキーですが、これらをスキー道、スキー哲学のように捉えていた人がいます。それは、画家の岡本太郎さんです。太郎さんは、46歳で初めてスキーを始めたのですが、その後、スキーにはまりまくったのでした。

≪私がスキーにこんなに熱中しているのは、このスポーツの優美さ、スピード感にほれたばかりではない。
猛烈な斜面に身体を投げだしていくときの、いのちがブルッとするような衝撃、あれが何ともたまらないのである。≫(*3)

 この太郎さんのスキー哲学は、『岡本太郎の挑戦するスキー』という本に記されています。しかし、この本が所収されている『岡本太郎著作集 第8巻 岡本太郎の眼』(*4)ともども、残念ながら現在、絶版になり、古書のオークションサイトでは、1万円を超える高値がついています。なかなか手に取る機会がないと思いますので、少し紹介してみます。

≪真っ白な急斜面に挑むとき、血がわき上がり、全身が爆発する思い。
 スキーというのは、ほんとうにスリルにみちた命がけのスポーツである。≫

≪考えてみると、スキーというのはまったくユニークなスポーツである。
たった一人で、へただろうがうまかろうが、あのくらい平気で身を投げて打ち込めるスポーツは他にはない。たった一人で、というところがいいのだ。≫

 野球やサッカーなど他のスポーツは、相手がなければプレーできない。
 そして、他のスポーツは、うまいものだけが得意気な顔をしてプレーをし、
 その他大勢は、観客にまわってしまう。それが気に入らない、といいます。

≪スキーこそ、自分のなま身で挑むやるスポーツの代表なのだ。≫

≪へたくそで、ギクシャクしていても、不思議に楽しい。
 見てくれなんてどうでもかまわない。
 へただから恥ずかしいなどというコンプレックスを誰も持たない。
 斜面に思い切って突っ込む。
 そして瞬間に、スッテンと猛烈にひっくり返る。≫

 これは、名選手のプレーを見て興奮するよりも、はるかに強烈な、直接的なセンセーションだ、といいます。

≪うまく滑ろうがへたに滑ろうが、別に人から見られているわけではない。
一番それにまともにぶつかっているのは自分自身だ。
俗に壁にぶつかると言うが、と言っても、それは実は自分自身なのであって、他のスポーツの場合は、壁は条件的他者であり、また人の目が壁なのだ。≫
≪ところがスキーの壁というのは、自分自身、自分の肉体的条件、精神的条件だ。≫
たしかにスキー場で、上手い人の滑りを見ると、うらやましい気持ちがします。
でも、あんな風に滑ってみたい、あの技術を身に着けたい、と思っても、そうでない自分がいます。

 つまり、

≪あこがれと同時に壁である。
しかしそれはあくまでも人の目よりも、自分自身と対決しなければならない。
いわば壁といいながら、自分の意志で選ぶ壁であるということ。
つまりここで逃げてしまうか、乗り越えるかという、それは自分の精神と肉体に集中しているわけだ。
ただ技術の問題ではなく、スキーの場合は己れを乗り超えるという瞬間瞬間の決意なのだ。
その切実さ、純粋さがスキーにはある。
己れの敵は自分自身なのだから、挑む瞬間の感動は絶対的なのだ≫

≪スキーは技術だけではないところがいい。
 むしろ技術などというワクを超えて挑むことが、
 このスポーツの本当の歓びであり、感動なのだ。≫

≪無条件に、無目的に挑むこと・・
 実は、もっとひろげて考えてみれば、これは実社会においても、
 生きて行く上の極意なのである。≫

 成功や失敗は、結果にすぎない。
 だから、生きる上で、「自分」を失ってはならない、といいます。

≪妥協したり、責任を逃れるような言動や仕事をしないこと、
 むしろマイナスにマイナスにと賭ける。≫

 ここで、太郎さんの有名な「幸福」反対論、が飛び出します。

≪まことに変わっていると言われるかもしれないが、
 私は「幸福」反対論者なのである。
 危険のないところに生きがいはない。
 死に対面する時にこそ、生命は燃えあがる。
 それが歓喜なのだ。
 歓喜と幸福はまさに正反対のモメントである。≫

 スキーのハイ・シーズンは、12月末から3月上旬までと、3か月余りしかないのですが、この時の滑った感覚が、次のシーズンまで一年じゅう自分の身体に残っている気がしています。

(*1)大前研一『遊ぶ奴ほどよくデキる!』小学館
(*2)舘内端『中年スキーのすすめ―男40代、奮闘のシュプール』スキージャーナル
(*3)岡本太郎『人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている。』イースト・プレス
(*4)『岡本太郎著作集 第8巻 岡本太郎の眼』講談社