情報システム学会 メールマガジン 2010.5.25 No.05-02 [9]

連載 情報の価値とインテリジェンス
第1回 「情報とインテリジェンスの基本的な違い」

日本経済大学教授 菅澤 喜男

はじめに

 グローバル化が進展することで、世界は地域紛争が多発するとアメリカの未来予測学者のジョン・ネイピッツが指摘していましたが、さて現実はどのような状況でしょうか。世界で起きている地域紛争は、いったい何か所で起きているかを考えてみたことはありますか。地域紛争の性格は、国家間紛争や内戦など、民族・宗教・領土・資源など多様な問題に起因しています。最近の紛争としてニュースなどに頻繁に出てくるのは、グルジャ、チェチェン、イラク、インド・パキスタン、アフガニスタン、ソマリア、イスラエル・レバノンなど、おおよそ30の地域で紛争が起きています。
 グローバル化と紛争、一見無関係かと思えますが、この2つの問題は緊密な関係があると考えます。グローバル化の進展は情報伝達が切れ目なく、かつ驚異的な速度で伝搬するために「物事が平準化」するのではないでしょうか。つまり、どこの面あるいは場所を切り取っても良く似ている情報ということです。物事が平準化することは、大量生産に代表される均質化された工業製品には必要不可欠な条件とも言えます。
 我々は、良い製品を低いコストで手に入れれば生活は確かに向上するかもしれませんが、自らの主張である個だけしか持っていないという自己満足は失われているのではないでしょうか。統計学でも頻繁に出てくる数値は「モード」と呼んでいます。我々は、モードの一員になりたいのでしょうか。
 私は、情報が誰にでも自由に行き渡る仕組みは、その結果として「個の主張」が強くなると考えます。

1.情報の価値

 中国語では、「情報」=「インテリジェンス」となります。それでは日本人が当たり前のように使っている情報は何でしょうか? 中国語では「意味を持たない記号などの情報」=「信息」となります。英語圏ではどのように情報を捉えているかも不思議な話です。つまり、「information」= 「intelligence」では無いということです。その結果、「情報」=「information」でもなさそうです!
 情報の価値は分析から創出されるものであり、単に情報と言う名前があれば、何か意味を持っているとは言えません。情報の価値が分析から生まれるとすれば、我々は第一に多くの情報を収集する必要があります。集められた多くの情報を分析することで、価値ある情報、つまりインテリジェンスが創出されます。
 創出された情報は、企業では意思決定を左右するような極めて重要な情報、つまりインテリジェンスとして企業経営者層により活用されることとなります。
 ここで日本人研究者が定義している「インテリジェンス」を眺めてみましょう。

(1) 北岡 元 元政策研究大学院大学教授
「判断・行動のために必要な知識」
(2) 手島 龍一 慶応義塾大学教授
「収集した情報を精査し、裏を取り、周到な分析を加えたインフォメーション、それがインテリジェンスである」
(3) 小谷 賢 防衛省防衛研究所共教官
「インフォメーションはただ集めてきただけの生情報やデータ、インテリジェンスは分析・加工された情報である」

が理解しやすい定義だと思います。私自身の定義は「アクショナブル・インフォメーション」だと捉えております。
 インテリジェンスを利活用する場面は、どちらかと言えば戦略的ではありますが、どうも日本企業の視点から見ると戦術的な意思決定が多いように思えます。読者の方々はどう思われますか。次の表は、戦略的と戦術的とに分けて捉えた意思決定を区別したものです。

戦略的/戦術的なインテリジェンス

 一般的な製品あるいは技術はマーケットに投入され利益を生み出しますが、いつまでも利益を生み出し、企業の利益として計上されるわけではありません。ほとんどの製品あるいは技術は、飽和状態にあるマーケットで熾烈な競争に曝されることになります。マーケットが飽和状態にある場合、最も効果のある戦略がコスト削減により製品コストをライバル企業より下げることです。しかし、コストを下げることは戦略としては、素晴らしい戦略とは言い難い面が多々あります。戦略的に力を発揮するのは、飽和状態にあるマーケットの中での競争を勝ち抜きながら、新たなマーケットに投入する新製品あるいは技術を開発し新たな成長を描くことが最も重要です。マーケットが飽和状態にある同業者間での競争を取り上げた場合は、米国を中心としたインテリジェンス研究の主軸として「コンペティティブ・インテリジェンス」と呼ばれる領域があります。競合状態にある企業、つまりライバル企業をターゲットとしたインテリジェンスの在り方について盛んに研究がなされています。ただし、ライバル企業だけに目を向けている間にベンチャー企業などが、既存のマーケットを無視したかのような製品あるいは技術をマーケットに投入した結果、彼らが短期間で新たな成長曲線を描くことは十分にあり得ます。
 企業自らが保有している製品・技術が、現在どのような成長過程にあるかを見極めることは、ライバル企業に打ち勝ちマーケットに生き残る(サバイバル)ためには大切な問題です。良く知られている「成長曲線あるいはSカーブ」は3つのフェーズに分けて考えることで、戦略を立てるべきであるとしています。3つのフェーズとは、揺籃期、成長期、安定期ですが、多くの製品・技術は安定期の後に衰退期を迎えることとなります。ここで言う製品・技術は、言い換えれば企業そのものでもあると言えます。例えば、衰退期にある企業は、いずれは倒産の憂目にあうことになります。
 製品・技術の成長過程とインテリジェンスとは、どの様な関係があるのか。これは密接な関係を有しており、各フェーズにおいて収集すべき情報の種類は全く違ってくることになります。成長曲線については、改めて詳しく紹介をする機会をいただければ幸いです。

2.マーケットのシグナルを捉える

 インテリジェンスを利活用する第一歩は、情報収集ですが、求める必要な情報がどこにあるのかを知るには、それなりの経験と知識が求められます。必要な情報はマーケットの中で発生、つまりシグナルとして出ています。
 つまり自社の製品・技術についてどのようなマーケットシグナルが出されているかを把握しておく必要があります。
 ここで、マーケットシグナルを幾つかのパターンに分けて捉えてみます。
 マーケットシグナルを捉える目的と必要性は、次に示す4項目に集約されます。

(1) 競争相手(企業)、その企業行動を通じて、さまざまな方法でシグナルを出している。シグナルの中には、脅しもあれば警告を与えることもあり、ある種の行動の兆候として捉えることができるものもある。
(2) 競争相手が取る行動は、全てではないが、その大部分が競争業者分析と戦略策定にとって有用な情報をもたらす。
(3) したがって、マーケットシグナルを捉えて、それを正確に読み取れば、競争戦略策定上、極めて役に立つことは確かである。
(4) 競争相手の将来目標、マーケットおよび企業そのものについての仮説、現在の戦略ならびに能力を把握しておく必要がある。

2.1 動きの予測

 競争相手(企業)の行う予告形式、特徴、発表のタイミングは、有力なシグナルです。予告は正式な対外的な伝達事項として、工場建設であるとか価格変更など、ある種の行動を起こす(あるいは起こさない)という意図がある発表です。次に示す動きが予測されます。
(1) 同業者より先に有利な地位を占める
(2) 競争相手が計画している行動を妨げる脅威としての働き
(3) 競争相手の気持ちを推し量るテストとなる
(4) 競争相手の動きに対する歓迎あるいは不快感を伝える
(5) 競争相手に対する懐柔策として役立つ
(6) 金のかかる動きを同業者がいっせいに採用することを回避する
(7) 株価を吊り上げたり、企業の評価を良くする目的で、金融関係に情報を与える

2.2 マーケットシグナルの役割とタイプ

 マーケットシグナルは、次に示す相反する2つの役割を持っています。
(1) 競争相手の動機、意図、目標を示す手がかりとなるシグナル
(2) 真実を隠す見せ掛けのシグナル
 次に、良く知られている6つのシグナルのタイプを紹介しておきます。

(タイプ1)事後の発表

  ・事後の発表は、他の企業がその公開されたデータを既に知っていて、それに注目し、それがために行動に変化が生じるかもしれない、ということを発表した企業が確認するためになされる。
  ・新たな設備拡充、販売実績など、既に完了した事柄を発表する場合が大半である。

(タイプ2)業界事情についての競争相手のコメント

  ・競争相手が、その業界の状況についてのコメントを発表することは珍しくはない。
  ・業界の需要動向や価格の予測、将来の生産能力の推定、原材料の高騰など・・、外部要因の重要性に関するコメントである。
  ・このようなコメントが、業界について競争相手が抱いている仮説を明らかにし、恐らくその仮説に基づいて策定される戦略をも知る手がかりが得られるからである。
  ・したがって、業界に関するコメントは、他の業者にも同じような仮説を抱かせ、誤解や争いが起こることを最小限に抑えようとする意識的、あるいは無意識的な試みと言える。

(タイプ3)自社の動きについてのコメントと説明

  ・企業が行う自社の動きに関する説明は、意識的か無意識的かは別として、少なくとも3つの役割がある。
  3つの役割:
(1)その動きの必然性を他社に納得させ、その動きに追従されるか、あるいは、その動きを挑発と受け取らないようにさせる役割。
(2)先取りの意志表示としての役割。新製品の発表や計画など、開発に膨大な資金と困難が伴うことを過大に発表する。背景に、競争相手に、同様な分野への進出を思いとどませるとの狙いもある。
(3)会社の動きそのものが、約束の発表である。その企業が経営資源を大量に投入し、長期に渡り、その新しい分野に注力することを約束することで、競争相手に進出意欲を封じ込むためである。

(タイプ4)競争相手の現在の戦術と、実行可能ではあったが実行しなかった戦術との比較

  ・競争相手がやろうと思えばやれたことと、実際に採用したこと、例えば現行価格、広告費、設備拡充、製品の改良など、競争相手の動機についての重要なシグナルを提供してくれる。
  ・実際には選択できたのに、選択せずに別の弱気な戦略をとったということは、他社を懐柔する意図を示すシグナルと言える。

(タイプ5)新しい戦略の導入方法

  ・狭い地域での新製品の販売に向けた発表なのか、あるいは当初より主要な顧客に向けて強引に発売されたのか、といった新しい戦略の導入のされかたもシグナルとなる。
  ・例えば、新製品の発表を通常の時期に行うか、あるいは意表をついた時期に行うかにより、その競争相手が非難を覚悟で戦略の導入に踏み切ったのか、それとも業界全体の利益を考えた上で行動したのかを区別する手がかりとなる。

(タイプ6) 過去の目標とのズレ

  ・例えば、高級製品だけを生産していた企業が、普及品の生産に踏み切った場合などは、その企業の目標あるいは仮説に大幅な変更があったことを示すシグナルとなりる。
  ・どのような戦略要素においても、これまでの目標との間にズレが生じた場合は、そのズレに注目しシグナルの意味を探り、競争相手の分析を行なわなければならない。

おわりに

 本稿では、インテリジェンスの概念、定義そしてマーケットシグナルについて概説しました。読者の方々は、自身のビジネスに関わりのある情報を整理したことはありますか。私の知る限りでは、何となく情報を収集してはいるが、戦略的に情報を収集しインテリジェンスを創出している日本企業を多く見ることはありません。孫子の兵法に「敵を知り己を知らば百戦危うからず」という有名な言葉があります。読者の会社も百戦危うからずでないことを願っています。