情報システム学会 メールマガジン 2010.1.25 No.04-11 [10]

連載 プロマネの現場から
第22回 『夜間飛行』にみる新規事業開拓の精神

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 今年2010年は、「国民読書年」です。国民読書年だから、ということではないのですが、このお正月休みを利用して、集中して本を手に取りました。その中の1冊になりますが、サン=テグジュペリの『夜間飛行』を、20数年ぶりに再読して、驚きました。
 サン=テグジュペリといえば、『星の王子さま』が有名ですが、その一方で、パイロットという職業人としての体験とそれに基づく人間観・人生観を表した書物や書簡集に、より共感を覚えています。
 彼はエッセイ集『人間の土地』において、こう語っています。
 「ある一つの景観は、それを見る人の教養と、文化と、職能を通して、はじめて意義をもちうるにすぎない」
 また、「職業の強制する必要が、世界を改変し、世界を豊富にする」と。

 そのため、本書『夜間飛行』においても、暗闇の暴風雨の中、着陸する場所もなく燃料切れを待つばかりの一飛行士ファビアンの姿・・飛行士としての自分の持てる技術を駆使し、経験に基づく勘を働かせ、希望を持って、若い妻のもとに一歩でも近づこうと粘り強く悪戦苦闘するファビアンの姿のみ強く記憶に残っていました。
 ところが、この作品の主人公は、パイロットではなく、まちがいなく当時の新規事業であった夜間飛行便の責任者であり、航空輸送会社の支配人であったリヴィエールでした。新規事業の立役者であり、事業家の立場にたった物語だったのです。

 1920年代当時、夜間飛行便の必要性は、
 「せっかく、汽車や汽船に対して、昼間勝ち優った速度を、夜のあいだに失うということは、実に航空会社にとっては、死活の大問題」でした。

 サン=テグジュペリがラテコエール社にパイロットとして従事したこの時代、夜間定期飛行は、危険な実験時代を経て、実用化される途上にあり、依然として極めて冒険的な事業でした。

 序文を書いたアンドレ・ジード曰く、
 「作中の操縦士の人物もさることながら、
  僕は、その上役、支配人リヴィエールの人物により多く驚嘆する。
  彼は自分では行動しない。
  しかし他人に行動させる。
  彼は配下の操縦士に、自分の美質を吹き込み、そのかわり、
  彼らから、その能力の最大限度を要求し、彼らに偉功を立てさせる。
  彼の一徹な決定の前には、弱気はいっさい許されない。
  またどんな小さな過失も彼は仮借なく処罰する。・・」

 新規事業プロジェクトのマネージャの姿が、ここにありました。

 飛行士の代わりはいても、リヴィエールに代わりはいない。彼には、休息は許されない。

「今夜は、二台も自分の飛行機が飛んでいるのだから、僕にはあの空の全体に責任があるのだ。あの星は、この群集の中に僕をたずねる信号だ、星が僕を見つけたのだ、だから僕はこんなに場違いな気持で、孤独のような気持ちがしたりする。」

 夜間の郵便物の配達を終えると、次には昼間の郵便物が到着する。
「・・平和はいつになってもないはずだった。勝利もないかもしれないのだ。
 なぜかというに、あらゆる郵便物が、ことごとく到着し尽すということは絶対にないはずだから。」

 罪を憎んで人を憎まず・・ではないのですが、彼の厳しさは、人間に対してではなく、人間の持つ欠点に対して徹底的に向けられます。
「過誤というやつは、所かまわず見つかり次第刈り取っておかないと、早速点火に故障が起きたりする。だから、過誤がその手口なり尻尾なりを現わしたと見てとったときに、これを見のがすことは罪悪だ。・・」
 そのためか、リヴィエールのマネジメント・スタイルは時には、異常と思えるほど苛烈です。
 遭難寸前で悪戦苦闘しているパイロットに向かって、離陸直前の地上で旋回ミスがあったことに対して懲戒処分にする旨の警告が発せられたりするところは、あまりに理不尽であると感じます。
 しかしながら、そのリヴィエールの信条は、こういうものでした。

 「部下の者を愛したまえ、
  ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」

 そこまでの厳しさをリヴィエールが持つのはなぜか?

 大勢の人が亡くなってはじめてできる橋やダムや、夜間郵便の航空路・・
 生命に代えても、遂行するべき事業があるのか?と、部下から問われます。

「人間の生命には価値はないかもしれない。
 僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように行為しているが、しからばそれはなんであろうか?」
 とリヴィエール自身が自問します。

 そして、一人の部下にこう語ります。

「人生には解決法なんかないのだよ。
 人生にあるのは、前進中の力だけなんだ。
 その力を造り出さなければいけない。
 それさえあれば解決法なんか、ひとりでに見つかるのだ」

 遠い見通しを持つことは非常に重要なことですが、それがなかなか持てない場合でも、立ち止まらず、マドルスルー・・泥の中をかきわけかきわけ進んでいく「前進力」を持つことが大切なのかもしれません。

 航空機事故により、熟練飛行士を失った翌日、会社内は、事業の中断の噂がもちきりになります。そこに登場したリヴィエールは、事業の続行を断固として宣言します。
 トラブルを前に、事業を中断するのではなく、その失敗を再発させないプロセスと体制を構築し続ける組織と人を作るのだ、と。

 2010年も、従来のビジネスモデルの延長にあるプロジェクトの推進においては、一段の効率化が求められ、日々の業務プロセス改善の積み重ねが重要になります。また、それと並行して、リヴィエールの持つ非情とも思えるマインドを持って、新規ソリューション領域へ取り組むことが必要となっています。

 ところで、最後に、サン=テグジュペリはこういいます。
「偉大なリヴィエール、
 自らの重い勝利を背負って立つ勝利者リヴィエール」

(*)サン=テグジュペリ『夜間飛行』(新潮文庫) 堀口大学訳