情報システム学会 メールマガジン 2009.10.25 No.04-08 [9]

寄稿 「IT系勉強会について」

楽天株式会社 開発部 アーキテクチャー&コアテクノロジー課
アーキテクトグループ 吉岡弘隆

 情報システム学会メールマガジン読者の皆様、はじめましてよしおかと申します。
IT勉強会について、ぜひ知っていただきたいことがいくつかあります。

https://www.google.com/calendar/embed?src=fvijvohm91uifvd9hratehf65k%40group.calendar.google.com

 上記はIT勉強会カレンダーというもので、hanazukinさんと愉快な仲間達がボランティアで編集公開しているものです。ごらんになって分かるとおり、日本各地で、日々勉強会が開催されています。平日、休日問わず多い日には10件以上の勉強会が開催されています。

 内容も、PerlやRubyのようなスクリプト言語の勉強会や、開発方法論の勉強会、あるいはLinuxカーネルの勉強会など多岐にわたります。毎月300を超える勉強会が開催されている姿は壮観なものがあります。

 このように自主的に開催されているは従来の商用セミナーや教育コースとどのように違うのでしょうか。各種学校、専門学校、あるいは企業によるセミナー、教育コースは、教育の専門家によってコース内容が定義され、実施運営され、通常は有償です。

 一方自主的なIT勉強会は、(1)主催者の個人的な興味の延長で開催、(2)ボランティアによって運営、(3)講師は必ずしも教育のプロではない(例えば現場のエンジニア)、(4)無償ないしは廉価(かかった経費を割り勘にするなど)、というような特徴があります。

 わたしもカーネル読書会という、Linuxやオープンソースに焦点をあてた勉強会のようなものを1999年からやっていて、先日100回開催をいたしました。これは横浜Linux Users Group(YLUG)というユーザーコミュニティの仲間と不定期に月一回程度の頻度でやっています。なんで、10年、100回も続いたかというと、仕事でもなんでもなく、趣味の延長線上で、楽しいからやっている、それにつきます。

 10の勉強会があれば、10の開催目的、あるいは主催者の思いがあります。一方で、これだけ多くの勉強会が活発に開催されているとしたら、それはなぜなんでしょうか?

 そこで、勉強会が生み出す価値というのは何かを皆様と一緒に考えていきたいと思います。

勉強会のきっかけ

 IT勉強会カレンダーをざっと眺めてみて、学会行事や商業セミナーもありますが、オープンソース系の勉強会が多数開催されていることがわかります。
 例えば、商用ソフトウェア製品の教育コースだと、基本的にはその製品を製造販売している会社が提供するということになります。一方オープンソースの場合は、そのようなベンダーがいませんので、結果として有志が集まって自主的に勉強会を開催せざるをえないという状況になります。鶏と卵みたいなものですが、そのような勉強会からユーザー会のようなコミュニティが発生したり、あるいはユーザー会から勉強会が発生したりします。

 商用ソフトウェア製品の教育コースは一つのベンダーに依存するのでスケールしにくいわけですが、自主的な勉強会は全国各地で独立に開催され簡単にスケールします。例えばRuby会議というプログラミング言語Rubyに関するイベントは、各地域のRuby愛好家(Rubyistとよばれる)が地域Ruby会議を独自に開催しています。

 共通の興味を持った人たちが、参考書を輪読する、いわゆる読書会形式なものも広く開催されていたりします。

 インターネットのおかげで、SNS、ブログあるいはTwitterのようなマイクロブログによって、自分と同じような興味をもった人たちを発見しやすくなっています。

 何か興味を持っていることを情報発信していると、同様な人たちが、それをインターネット経由で発見し、集まることが可能になりました。

 かつては、会社の同僚など狭い範囲でしか見つけられなかった同好の士を簡単に発見できるインフラをわれわれは手に入れたのです。

オープンソースが生み出した価値創造の連鎖、エコシステム

 勉強会が生み出している価値というものはいったいなんなんでしょうか?

 例えば、オープンソースの利用事例など、綺麗にまとめられる前の様々な経験が率直に情報交換されています。学会と違い、新規性や、独創性は求められません。むしろ、現場のどろどろとした生の情報がやり取りされています。それこそ、インストールではまったとか、バグを踏んで困ったとか、そのような個別具体的な話で盛り上がったりします。従来そのような情報というのはなかなか共有されにくかったものが、勉強会というプラットフォームで日常的に議論されていたりします。

 玉石混合のイメージがあるかもしれませんが、実は、その混沌にこそ新しい知識創造の息吹があるのではないか、そのような予感がします。

 オープンソースソフトウェアの価値創造方法は、従来のひとつの組織(例えば、企業の開発部門や大学の研究室)が生み出す方法とはまったくことなります。

オープンソースソフトウェアはバザールモデルとして知られるソフトウェア開発方法で開発されます。多くのボランティアによって開発されていきます。オープンソフトウェアとして最大級の規模を誇るLinuxでは、数百人以上のプログラマが開発に参加しています。(注)

(注)誰がLinuxを開発しているか
   http://www.linuxfoundation.jp/jp_uploads/whowriteslinux.pdf

 価値創造の源泉が社内にあるのではなく、社外にあります。

TOMOYO Linuxの奇跡

 先に記しましたようにわたしはカーネル読書会という名のLinuxの勉強会を主宰しています。2年ほど前、NTTデータの方が作られたTOMOYO Linuxというセキュリティ拡張のお話をしてただきました。当時の発表のビデオが残っています。(注2)

 1時間の発表の後、30分くらい質疑応答があるのですが、技術的な質疑応答だけではなく、TOMOYO LinuxをLinux本体に組み込む予定はないのかというコメントが会場からありました。Linuxはご承知のとおり、世界中の人が開発に関与していて、創設者のLinusさんが統合するLinuxが正統なものと認められています。

 その正統なLinuxに統合するつもりはないのかというものでした。プロジェクトマネージャーの原田さんは、当時を振り返り、そんなことも考えたこともなかったし、正統なLinuxのことをメインライン(main line)あるいはアップストリーム(upstream)という言葉すら知らなかったと、後に語っています。(注3、注4)

 Linuxの開発者が集まる、Ottawa Linux Symposiumに一緒に行きましょうとわたしも提案しました。もちろん原田さんにとって、Ottawaのシンポジウムがどのような意味がLinuxコミュニティにとってあるか知りもしなかったわけです。

 そして、TOMOYO Linuxのチームは、社外の人たちとのコラボレーションの苦闘を始めます。14回提案がリジェクトされ、15回目にやっとその成果がLinux Kernel 2.6.30というバージョンに受け入れられるまで約2年の月日がたちました。

 価値創造の源泉が社内ではなく社外にあるのです。技術的なコメントはすべて社外から来るわけです。世界中のエキスパートからの辛らつな、しかし愛のこもったコメントにひとつひとつ応えることによって、徐々にソフトウェアを改良していくというプロセスです。

 このようなオープンソースの開発スタイルと、勉強会というスタイルはきわめて相性がいいのです。すべてのプロセスがオープンになって、会社や組織の壁を軽やかに乗り越え、そして世界中の人々とコラボレーションをしていく。その知のプラットフォームとしての自主的な勉強会は、それが生み出す量そして、質において遥かに豊かなものをわれわれに与えてくれるのです。

注2
 TOMOYO Linuxがメインラインにマージされた件
 http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20090403#p1

注3
 標準カーネル統合間近!TOMOYO Linuxの足跡:第1回--コミュニティの熱い力
 http://builder.japan.zdnet.com/news/story/0,3800079086,20389910,00.htm

注4
 注目される3勉強会合同で開催された「メインライン化記念勉強会」
 http://japan.zdnet.com/news/os/story/0,2000056192,20396891,00.htm

学会に期待すること

 学会はその定義上、明確に規定された会員のコミュニティです。そして研究、啓蒙、情報交換の場として古くから機能してきました。

 学会員でない部外者ですので、大変失礼な物言いになってしまうことを予めご容赦いただきたいのですが、やはり、一般人にとって学会は敷居が高いという印象があります。どうもクローズな印象を持ったりします。

 可能かどうかはわからないのですが、勉強会とのコラボレーションや、学会員以外の一般人も参加できるセミナー開催などをすることによって、学会に関する印象の変化、誤解の払拭などができるのではないかと思います。

 学会と勉強会の交流は双方にメリットもあると考えます。

 学会の皆様に勉強会について知っていただき、ぜひいろいろな勉強会に参加いただければと思い、このレターが何かのきっかけになれば望外の喜びです。