情報システム学会 メールマガジン 2009.5.25 No.04-02 [10]

連載 プロマネの現場から
第14回  「陽気のボタン」 を持とう!

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 最近感動した物語に、山口一男さんの「ダイバーシティ 生きる力を学ぶ物語」に収められた「六つボタンのミナとカズの魔法使い」というファンタジー仕立ての小説があります。(*1)
 ミナという少女の生きている世界では、人は生まれたときに両親が手作りした服を贈られます。この服には7つのボタンがつけられていて、この服を着て、一生を過ごします。
そして、この7つのボタンには、それぞれ役割があります。

 1つ目のボタンは、「創造と美のボタン」。

新しいものや美しいものを、自分で工夫して作り出す力を表すとされています。

このボタンが見事な人は偉大な科学者や偉大な芸術家、偉大な魔法使いになることが多い、と信じられています。
 2つ目のボタンは、「思考のボタン」。

人の考えを真似たり借りたりするのではなく、物事を自分で考える力を表すとされているボタンです。このボタンが貧弱な人は、独力で考える力に乏しいと見られがちです。

 3つ目のボタンは、「健康のボタン」。

病気へのかかりにくさや、病気にかかっても自力で回復できる力を表すとされているボタンです。

 4つ目のボタンは、「愛情のボタン」。

大切な人や大事なものを、きちんと大切にできる力を表しているとされています。

 5つ目のボタンは、「努力のボタン」。

このボタンが見事な人は、人一倍の努力家と見られ、努力を高く評価するこの星では、本当かどうかはわからないのですが、社会的成功はほぼ間違いなし、といわれています。

 6つ目のボタンは、「正直のボタン」。

このボタンが青っぽい色の人は正直者で、赤っぽい色をしている人は嘘をつきやすい、とされています。この星で使われる「真っ赤な嘘」という表現は、このボタンの色から来たものです。

 最後の7つ目のボタンは、「陽気のボタン」。

このボタンが大きい人は明るい性格で、悲しいことや辛いことも前向きに受け止めて生きていく力があるとされています。

 ところが、ミナの服には、両親のちょっとしたミスにより、7つ目の「陽気のボタン」がないことがわかります。「陽気のボタン」がないミナは、ボタンが欠けていることに対して陰口を言われたり、同情されたりするたびに、ふさぎ込みがちになり、一人で過ごすことが多くなります。この少女ミナが、他の人との違いをなくしてもらうため、遠い島にいるという魔法使いを訪ねる旅に出ます。この旅の道程には、数々の難問が待ち受けます。そしてこの難問を乗り越えながら、魔法使いから7つ目のボタンをもらう、という冒険を通して、ミナが大きく成長する物語となっています。
 また、途中に遭遇する難問の数々は、作者の山口さんが、シカゴ大学の社会学科長とのこともあり、「囚人のジレンマ」「共有地の悲劇」「予言の自己成就」「アイデンティティ」「統計の選択バイアス」「事後確率」等といった社会学や経済学上の有名な問題をモチーフにした社会科学ファンタジーにもなっています。

 プロジェクト・メンバーの一員として、業務をするために必要な思考・行動の能力の指標として、「コア・コンピタンシー」が必要であることがいわれていますが、そこには、達成力、分析的思考力、抽象化能力、柔軟性・・リーダーシップ等が挙げられています。ところで、その中には、「陽気のボタン」・・「陽気さ」「機嫌良さ」等というものが入っていることはおそらくまだないのでは、と思います。しかし、プロジェクト・チームを組成し、またプロジェクトを推進する上では、この「陽気さ」の観点、とても大切なのではないか、と思っています。

 近年、プロジェクトを含む職場の多くにみられる現象に、「不機嫌な職場」(*2)というものが増えているといいます。「不機嫌な職場」とは、お互いが関わりあえない、協力しあえない職場のことをさします。この10年余で、業務における専門性が高まり、また、個人毎の成果主義が進んだ結果なのでしょうが、各人が自分の仕事で手一杯で、お互いに相手のことに思いをいたす余裕がなく、全員が息苦しくなっている。
 その様子は、「これだけ自分は忙しい思いをしているのに、誰もわかってくれない。声を掛けてくれない。声を掛けられない。相談できない」「同時に、自分も周囲の仕事がよくわからない」というように最初は被害者感情が生まれます。その次に、「助けて欲しいときに、誰も気づいてくれなかった。声をあげたのに、手伝ってもらえなかったという経験」を繰り返すと、「学習性無力感」なるものに陥り、関係も持つことを拒否しはじめる。
 足元の仕事は、部分最適の個人作業のみで遂行できたとしても、個人としては孤立して潰れ、組織としては機能不全となる。
 この「不機嫌な職場」を解消するためには、人間関係の関係性を回復し、協力し合う関係を再構築することが喫緊の課題となっています。
 そして、このとっかかりが、プロジェクトや職場における「陽気さ」「機嫌の良さ」の回復になるのでは、と考えています。

 「陽気さ」の観点を、より積極的に捉えているのが、齋藤孝さんの「上機嫌の作法」(*3)です。齋藤さんの発見は、「本当にできる人は上機嫌である」ということ。
 不機嫌さというのは、「なんらかの能力が欠如しているのを覆い隠すため」である、とキッパリ指摘されています。
 そして、同様のことは、ニーチェやゲーテも同じことを言っているといいます。
哲学上の問題として、近代的自我の不機嫌さ・不条理さが世に蔓延したことに対して、
「近代ロマン主義は、必要以上に自分の病的な部分を拡大して見せ、深さとして表現します。ですが、それは深さではなく健康さが足りないだけのことだとゲーテはいいます。ギリシャ、ローマにあっては、すべての芸術は力強く、健康だった。」
 だから、「不機嫌沼」から抜け出して、上機嫌になろう。そして、そのために、上機嫌を「技(わざ)化」しよう!といいます。人と一緒にいる間は、楽しい時間を過ごすようにお互い努力すること。
「その場は、自分を含めた一人ひとりのからだの延長です。場にいる者は、沈滞した空気に対して、当事者としての責任がある。」
 だから、円滑なコミュニケーションのための手段として、「上機嫌」な状態を自分の「技(わざ)」にすることを提唱されています。

 「陽気さ」や「上機嫌」を能力として認識し、捉えるのであれば、筋肉同様、訓練によって身につけ、伸ばすことができるだろうし、「運動と同じで、訓練を続けると、上機嫌の筋力がついて、こころの稼動範囲が広がり、上機嫌が生活に占める割合が増えるのです。」「持久走を続けているうちに走る距離が伸びていくように、上機嫌の飛距離が伸びるのです。」

 最後に・・冒険の末、7つの目の「陽気のボタン」を手に入れた少女ミナは、大きな発見をします。それは、この7つ目のボタンは、「勇気のボタン」でもあったこと!
 魔法使いカズの言葉は、大人にとっても大切なものでした。

「勇気といっても、敵と戦う勇気ではない。前向きに生きていく勇気のことだよ。
生きていけば、時には困難もあり、辛いこともある。
そういったときは前向きに耐えなければならないし、危険が待っていることを承知
で、勇気を持って前に進まねばならんときもある。
七番目のボタンが表す勇気とは、そういうことができる力のことじゃよ。
勇気などという性質は大切なものではない。
真に大切なのは、生きるうえでの勇気じゃよ。」

 ところで、なぜ「陽気のボタン」が、「勇気のボタン」につながるのか?
 それは、将来に対する希望にあるのでは、と思います。
 未来に対する希望があれば、現在の困難にも、陽気に耐えることができ、勇気を持って前へ進むことができるのだから。

(*1)山口一男「ダイバーシティ 生きる力を学ぶ物語」
(*2)河合太介・高橋克徳・永田稔「不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか」
(*3)齋藤孝「上機嫌の作法」