情報システム学会 メールマガジン 2008.6.25 No.03-03 [6]

連載 プロマネの現場から
第3回 ソフトウェアにおけるオフショア開発への取り組み

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 ソフトウェアにおけるオフショア開発の取り組み・・既に先行して実践されている方が多いかと思いますが、担当業種がセキュリティを重要視する金融機関ということもあり、3年ほど前から中国等とのオフショア開発に取り組んでいます。

 「日経ソリューションビジネス」の2008年3月15日号において、インドのITサービス企業の日本進出が加速しているとし、インフォシスが、日本ユニシスと提携したニュースとともに、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)が、「技術力」と「圧倒的な開発ボリューム」を理由に受託開発を受注したこと、この契約の際、「価格」提示がなかったことが注目すべき点である、と報じています。

 今後、ウィプロが、2010年までに、社員を倍増し、15万人超体制とするように、インド全体で、現在の130万人から、2015年には302万人、中国全体で、現在の90万人から、2015年には324万人、インドと中国あわせて、626万人のIT技術者になる見通し、とのレポートもあります。
 日本のIT技術者は、50万人とも100万ともいわれますが、地理的な距離・言語の壁があるものの、ネットワーク・コストが限りなくゼロに、またオフショア先技術者の語学や業務に対する学習意欲を考えると、ついに黒船が到来した感があります。

 また、従来からのオフショアの流れについては、エドワード・ヨードン氏の「アウトソース」において、ほほ全ての業務・職種・スキルにおいて、自国内でしかできないという安住の地はなくなった様子が描かれており、21世紀は知識労働者の業務がオフショア先へアウトソーシングされる時代であること、もちろん、IT技術者はその例外でないことと説明されています。
 ただし、オフショア・メリットが、日米で異なる点は注意が必要だと思います。
 日米ともに共通するメリットは、「コスト削減」「要員調達」ですが、これに加えて、米国の場合、もともと業務レベルが高くないという事情があるため、「品質」「生産性」のメリットがあるといいます。たとえば、コールセンターやヘルプデスクの導入初期時の事例をみると、日本の場合、窓口応対等の極め細やかなサービスが優れているため、一時的にマイナス評価となってしまうことを考慮する必要があると思います。

 したがって、従来からのオフショアの流れとともに、今回のオフショア企業の日本国内への進出を踏まえると、プロジェクトの現場は、

 1.国内における低コスト・高調達力のパートナー出現への対応
 2.オフショア先への業務委託によるメリット享受への対応
の大きく2つの対応をする必要があります。

 1つ目の低コスト・高調達力のパートナー出現に対しては、将来的には、SIベンダーとして、またIT技術者として、オフショア先の企業・技術者に代替されない努力として、
(1)要件定義や基本設計の上工程はもちろんのこと、さらに上流の工程、イノベーション創出のプロセスでいえば「コンセプト」「モデル」「デザイン」等へシフトするとともに、
(2)高品質・高生産性のプロセスを確立、さらなる高度化、に取り組む必要があります。

 2つ目のオフショア先への業務委託においては、まずオフショアの目標・・オフショアによって、何をメリットにしたいかを決める必要があります。コストメリットを採るのか?、大規模な要員調達を採るのか?、特殊技術(たとえば、COBOL技術者)の要員確保なのか?
 次に、目標を明確にした後、プロジェクトの立ち上げにあたっては、オフショア先の企業を育てるつもりで、過去長年にわたり国内で培ってきた組織的なエンジニアリング力を使って、一緒になって品質システム・開発標準・手順等の整備・作成すること。それに基づいて、人材教育・訓練を行うことが必要になります。

 オフショア先との連携については、アウトソーシング(外部調達)型と、インソーシング(社内調達)型がありますが、いずれの場合を採るにせよ、オフショア先へは業務丸投げではなく、日本人マネージャによる委託先プロジェクトの適正なマネジメントにより、オフショア開発のPDCAを確実に回す必要があります。

 技術面では、開発基盤となるフレームワークや共通プログラム、ワークフロー・プロセスの共有のしかけを準備・提供すること。
 人の面としては、ブリッジSEという案件の開発工程という「点」で連携するレベルから、ブリッジPMという領域全体及びシステム開発ライフサイクル全体という「面」で連携するレベルでの対応を図るレベルまで、提供できる人材の質・量を踏まえて決定する必要があります。そして、ブリッジSE・ブリッジPMを日本側・オフショア先双方で育成していくことになります。

 「大連は燃えている」の中で何徳倫氏は、オフショア成功のための鍵は、日本人のSEを直接オフショア先の現地業務委託企業へ派遣せよ、と提案されており、そのメリットを4点挙げられています。

1.日本人のプロジェクト担当SEは、プロジェクトの設計段階から参加しているので、システムの構成と業務知識を熟知し、現場での指導が十分できる。ブリッジSEを通じての無駄なやり取りが減少することによって、開発の品質を高め、コストも下がる。
2.日本人SEを現地へ派遣することにより、現場サイドの技術者同士の交流とコミュニケーションを深めることができる。
3.現在、オフショア開発を行っている企業の中で、多くの経営者は、もっとたくさんのプロジェクトをオフショア開発に出したいが、現場サイドの担当者が、自分の責任だけ考えて、なかなか出せない状態だということを良く聞く。この問題を解決するため、その担当者たちをオフショア先へ派遣することによって考え方を転換させるという有効な方法がある。
4.日中間の若い技術者同士の国際交流を行うことで、日本人の若い技術者に国際感覚を味わわせて、やる気をどんどん出させ、会社のグローバル化のプラスにする。

 項番1から3については、足元のオフショア開発の成功のために必要ですが、さらに項番3及び4で指摘されている意識改革・国際感覚の醸成は、近い将来に必要となるであろう日本人IT技術者の海外でのソフトウェア構築ビジネスを展開するための布石ともなると考えています。

 これまで様々な理由づけをしつつ、国内事情を優先し、プロジェクトチームの組成においては、ほぼ無条件に国内パートナーを優先してアサインしていました。しかし、国内パートナーは、長年のつきあいの中で慣れ親しんでおり、プロセスとして明文化できない領域を担保するというメリットがある一方、ややもすると馴れ合いの関係になっているというデメリットもあると思います。
 当初はピークカット時の要員調達だけを理由に導入した場合であっても、オフショアの規模が拡大するに伴い、国内パートナーとの棲み分け等の調整も入るとともに、IT業界全体の懸案事項の一つであった多重委託契約の商慣習にもメスが入ることになります。

 自分たちの得意技を磨くこととオフショア先との協業を図ること・・その結果、マクロな観点でみると、IT業界における世界規模での人材の最適配置が進むことになります。正直、まだまだ胸中、不安と期待が入り混じっているのですが、このプロセスを楽しみながらプロジェクトを推進できる心境になりたいと思っています。