情報システム学会 メールマガジン 2008.1.30 No.02-10 [3]

今道先生から学ぶこと ―エコエティカ講演会開催報告―

生圏情報システム研究会幹事 芳賀 正憲

 先月8日(2007年12月)、田町のOGIS総研で、今道友信先生の講演会が開かれました。
 情報システム学会で今道先生にご講演いただくのは、創立総会に続いて2回目です。創立総会に先生をお招きしたのは、浦昭二先生が学士会の会報で今道先生の論文を読まれ、エコエティカの考え方に感銘を受け、推挙されたからです。奇しくも30年前、東洋紡会長の谷口豊三郎氏が今道先生の構想を評価され、その後20年にわたってエコエティカ研究の国際ワークショップに資金援助されたのも学士会の会報がきっかけでした。不思議な符合を感じます。

 ご講演と著作を通じ、今道先生から私たちが学ぶべきことを、少なくとも3つ挙げることができます。
 第1は、エコエティカの考え方そのものです。
 情報システムの概念構成については、今後学会として明確にしていかなければなりませんが、構成の最上位に、人間の行為・行動の規範となる倫理を取り入れなければならないことは、ほぼまちがいないと思われます。このとき、ナノスペースから宇宙まで、人類の生息圏すべてで考える新しい倫理―エコエティカは、中心概念になる可能性があります。
 創立総会の講演以来、今道先生は私たちに、身体のケアだけでなく精神のケアをしているかと問いかけられています。精神のケアのための徳目として、アリストテレスは賢慮(フロネーシス)、勇気、節制、正義の4つを挙げました。勇気とは、今道先生によれば、正しいと考えたことをためらわずに発言することです。フロネーシスは実践知とも訳されていますが、東京大学の伊東乾准教授が教養学部の情報教育の中で最も重視している項目です。ステークホルダすべての期待実現最適化を図るプロジェクトマネージャの判断力を、社会全体を対象に拡張した能力と言えるでしょうか。
 アリストテレスに対して今道先生は、エコエティカにおける新しい徳目として定刻性や定点性(正確なボタン操作)、語学や機器操作法の習得などを挙げられています。国際化や技術連関の発達に対応させたものです。
 情報システムに関する徳目は、私たちで考えていかなければなりません。情報システムの実体は言語システムですから、思考やコミュニケーションに関わる徳目として、論理性、体系性、それにオーソゴナル(直交)性あるいはMECE(Mutually exclusive,collectively exhaustive)(モレなくダブリなく)などが考えられます。情報の氾濫している世の中ですから、例えば提言を出すときも、他の提言と論点の重複を避け、オーソゴナルな提言にすることが肝要でしょう。

第2は、情報の基本概念についてです。
 わが国の場合、情報システム関係の学者や産業界の幹部など、いわゆる有識者とみなされる人たちでさえ、情報の基本概念を理解しないまま目の前の仕事を続けているという、特殊事情があります。このことが、情報システム分野で、欧米諸国にキャッチアップしないうちに途上国の追い上げを受け、また、3K、7Kと呼ばれる職場をつくって若者から忌避される大きな要因になっています。
 今回の講演で今道先生は、「情報関係者は、哲学を抽象的だといって悪く言うが、もともと情報そのものが抽象化されたものなのだから、情報関係者は自分で自分のやっていることを悪く言っている」と話して皆を笑わせていましたが、まさに本質をついたご指摘でした。
 ご講演で今道先生は、情報の概念をギリシャ・ラテン語にさかのぼって説明されました。Informationのformは、ギリシャ語のイデアで、「見られた形」、プラトンによる「精神で見た形」を意味します。もともと現実世界を抽象化し、概念化したものが情報です。
 Informationの反対語がincarnation(具体化、キリスト教における受肉)であることを教えられたのは、学会にとって今回のご講演の大きな収穫でした。私たちは、情報の反対概念はエントロピーだと思い込んでいました。
 たしかに、学会の小林義人監事がつねづね強調しているように、ものごとの本質は、そのものだけでなく対照となるものと比較して初めて明らかになる側面があります。今道先生のご講演がきっかけで調べたところ、神戸大学の田畑暁生教授が1999年「社会情報学研究」誌(No.3)に「情報の反意語は何か?−反意語から捉える情報概念の構造−」という論文を出していました。この中で田畑教授は、立体構造の中に物質、現実、オリジナル、ノイズ、エントロピー、データ、知識など、情報の反意語(対照語)になるようなエンティティを配置し、それらの中心に情報をおいて比較の中で情報の多面的な意味を浮き彫りにしています。

 第3に今道先生から学ぶべきことは、新しい学問を組み立てていくときのアプローチの方法です。
 従来倫理学は、自然の中で、人と人との関係を対象とするものでした。それに対して、今道先生は、今日人間を取り巻く環境として、技術連関と文化環境が主要なものになっていることに着目し、自然の上に技術連関と文化環境を加えた人類の生息圏―生圏における新しい倫理、エコエティカを提唱されました。その中には、人と人の関係だけでなく、自然、製品、芸術的作品などに対する行為規範として、対物倫理も含まれています。
 倫理学には、生命倫理、医の倫理、環境倫理、技術者倫理など多くの分野がありますが、今道先生は、これら一切を含むメタ学としてエコエティカを提唱されています。
 先生の発想の豊かさはとどまるところを知らず、従来の哲学(形而上学)が自然学(フィジカ)に対するメタ学、メタフィジカとして成立していたことから、技術連関が環境になった以上、技術に対するメタ学を考えなければならないとして、メタテクニカを提唱されました。また、もともとポリス(都市)の学としてのポリティカが政治学になったのですが、今日の発展した都市の形態から、新たなポリティカとしてウルバニカ(都市哲学)を考える必要があると言われています。
 先生の新しい学問への取り組み方法の特徴は、1つは、対象を現実の新たな環境に拡張していくこと、2つめは、つねにメタ学を考えることです。もちろん、これは学問の王道でもありますが、今後新たに情報システム学を確立していこうとしている学会にとっても、学ぶべきアプローチ方法と言えるでしょう。

 今道先生は、このように卓越した思想を述べておられ、また創立総会でも基調講演をしていただいたことから、その考え方を学会の理念に取り入れようという意見があります。一方、理念に取り入れるだけの一般性があるのか、という意見もあります。
 しかし、優れた学問研究には一般性があるし、またそれが一般性をもつよう努めていくことも、学会の大きな役割です。学会員の皆様にも大いに学び、考えていただきたいところです。
 今道先生には情報システム学会のために、4時間にわたり、講演、質疑応答、懇談をしていただきました。今道先生と、同行していただいた橋本典子先生に、御礼申し上げます。
 なお、詳細なご講演記録を、ISSJメルマガ2月号に掲載します。