情報システム学会 メールマガジン 2013.9.25 No.08-06 [9]

連載 オブジェクト指向と哲学

第33回 鶏と卵 (4)- 設計情報の転写

 「鶏と卵」と題して自己増殖モデルを考えています。前回迄は、種(しゅ、species)としての設計情報はどこにあるのかをテーマにしてきましたが、今回は設計情報の転写について考えます。ヒントとしてコピー機/プリンタ/3Dプリンタなどを題材とします。

コピー機
 事務所等で使用されている一般的なコピー機は紙の資料をコピーするものです。紙という媒体に記述されたアナログ情報を別の紙媒体にアナログ情報として転写します。
 コピー機は入力情報の読み取りプロセスと用紙への印刷プロセスがアナログです。アナログなのでノイズが入り、100%正確には転写されません。コピーされたものをまたコピーしてゆくと段々きたなくなってゆき、元の情報が失われてゆきます。

プリンタ
 プリンタはデジタル情報を紙媒体にアナログ情報として転写します。情報はインクやトナーの微粒子という媒体が紙媒体に付着して転写されます。つまり情報の転写に2種類の媒体が必要になります。

3Dプリンタ
 3Dプリンタは3DのCADデータとして作成された設計情報を転写します。通常のプリンタと違う点は紙媒体にあたるものが不要な点です。インクやトナーの代わりとなるプラスチックや金属の微粒子という媒体が固まってそれ自体が自立した転写物になります。デジタルの設計情報から転写されますが、出力されたものはアナログなのでノイズが含まれ情報は欠落します。製品としての品質が保証されていればよく、それが問題だというわけではありません。

DNAの複製
 DNAは遺伝子のデジタル情報を持つ媒体です。そこには種としての普遍な設計情報と各個体固有の設計情報が含まれています。媒体なので媒体にコピーされる前の元の遺伝子デジタル情報はどこかにある筈ですが、その議論は前回まで考えてきたのでここでは保留しておきます。

 DNAの複製は情報を持つ媒体を別の媒体にコピーするという点ではコピー機に似ています。コピー機は紙媒体上の情報を「アナログ->アナログ」で転写するのに対し、DNAに含まれる遺伝子情報は「デジタル->デジタル」で転写されます。情報が失われることはありません。

 「アナログ->アナログ」の印刷物のコピーよりもむしろ「デジタル->デジタル」のCDやDVDのコピーと似ていますが、大きな違いは媒体も生成されることです。入力となる情報を含んだCD/DVD1枚を用意すれば、出力のためのCD/DVDは内部情報を転写された状態で生成されるというイメージです。そもそもCD/DVDのようにブランクのDNAなど存在せず、DNAは媒体と遺伝子情報が常に一体として存在するものだという大きな違いがあります。

 ブランクのメディア(=媒体)は不要と言う点では3Dプリンタに似ています。3Dプリンタはプラスチックや金属微粒子などの素材は必要ですが、それは情報を転写するための形あるブランクのメディアとは異なるものです。

複製のプロセス
 複製のプロセスを3ステップにわけて整理します。まず人工物を考え次にDNAを考えます。

step 1
 情報が媒体と一体となっているオリジナルのものから情報のみを抽出して中間データを作成するプロセス。
step 2
 出力のための媒体がない場合、それを準備するプロセス。
step 3
 複製作成プロセス。

step 1 中間データ作成
 コピー機では情報が記載されているオリジナルの用紙をスキャンして中間データを作成します。プリンタは中間データは作成済の状態です。
 「第29回 メディアを可能態と実現態で考える」で取り上げましたが、複製するオリジナルは実現態であり「形相=情報」と「質料=メディア」が一体となっています。別のメディアに情報を転写するために、そこから一旦実現態の形相である情報を読み取って中間データを作成する必要があります。

step 2 出力媒体準備
 ブランク用紙やCD/DVDなどの媒体を外部から与えられるタイプのコピーには不要です。3Dプリンタはプラスチックや金属などの素材は必要です。これは通常のプリンタやコピー機の白紙媒体と考えるよりもインクやトナーに該当する媒体です。むしろ媒体として両方の役割を兼ねていると考えたほうがよさそうです。

step 3 複製生成
 媒体に情報を転写する。ブランクの媒体が与えられない3Dプリンタは、微粒子の素材を中間データに従って情報+媒体という実現態に仕上げてゆきます。

DNAの複製
 DNAの複製にも上の3ステップのプロセスが必要です。RNAが介在して行われるそうですが、門外漢なのでこれ以上深入りしません。

 DNAは媒体だけでは存在せず常に遺伝子情報を持っているのは、アリストテレス用語なら実現態です。DNAという実現態は質料と形相が一体化されたものであり、そこに内包されている「形相=遺伝子情報」のみ切り離すことはできない。ブランクのDNAと遺伝子情報が物理的に別々に存在できない。

 前述の第29回ではメディアにはアリストテレス説とプラトン説の両方のタイプがあるとしました。音楽や映画などの情報をCD/DVDというメディアにコピーするのは形相と質料が各個体に一体化されているというアリストテレス説、電波やインターネットで流すのは本質はイデア界に一元管理されているというプラトン説がマッチするとしました。

 この観点からはDNAはメディアとしてはアリストテレス説にマッチしそうです。
以下次回。

【参考書籍】
[1]クリス・アンダーソン「MAKERS-21世紀の産業革命が始まる」NHK出版、2012


ODL Object Design Laboratory, Inc. Akio Kawai