情報システム学会 メールマガジン 2012.3.25 No.06-12 [9]

連載 プロマネの現場から
第48回  「学習性無気力」 から 「自己動機付け能力」 まで

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 前回、前々回に続き、「やる気」にこだわっているのですが、その理由は、内発的動機付けがベースとなる「モチベーション3.0」の世界の出現によって、ルーティンワークよりも、工夫や創造性が必要とされる業務が増えていることにあります。そして、その傾向は、コスト削減の圧力の中で、プロジェクトにおいても、定型的な業務やローレベルのスキル、即応性の求められないタスクは、オフショアやニアショア(国内の遠隔地開発拠点)へ切り出し、代替することが求められています。そうすると、残るのは、非定型的な業務、ハイレベルのスキルが要求されるタスク、顧客との折衝や議論に即応が求められるタスク等が残ります。
 たとえば、プロジェクトの組成に先立つ事前検討や要件検討、基本構想工程であり、そこにおける業務や基盤、アーキテクチャの将来モデルの模索、初物プロダクトのフィージビリティ・スタディや開発方法論そのものの選択の検討などです。そして、上流工程で決められた業務・システム要件に基づいて、概念から論理、物理へと順次、開発工程を円滑に進めていくことは、各々のフェーズ間にギャップがあり、そのギャップをどう埋めるかが知恵の見せ所であり、決して単純な定型業務ではありません。
 また、保守作業や維持・メンテナンスの領域は、一見すると、定型的、ルーティンワークに思えるかもしれません。しかし、取り組む人を変えることによって、新たな課題や改善テーマが見つかり、新規プロジェクトが立ち上がることがよくあります。地味で単純な作業にみえる業務の中にも、沢山の気づきや改善課題があります。ルーチン的なワークの中で、新しい目線や別の観点を持って、問題発見・問題発掘を継続するには、高い意欲や創造性が必要になります。

 「やる気」についての考えを深めたくて、心理学の入門書を手に取る中で、ショックだったことが「学習性無力感」の存在でした。「やる気」がないのは、自然とそうなったのではなく、学習した結果、無気力となった、「無気力は学習される」ということです。
 大規模システム構築のプロジェクトにおけるIT技術者にとって、「やる気」を失う局面は多々あります。
  ・プロジェクトが巨大であるがゆえに、自分自身の役割やミッションを見失う
  ・自分の担当していることが、小さなものに感じられる
  ・自分のスキルや経験と比べて、難度が高い
  ・関係部署や関連システムが多く、何度働きかけても、調整がつかない
  ・問題や課題を指摘した、言い出しっぺが損をする
 等、この状況を放置すると、プロジェクトにおいても「学習性無力感」が、個人だけでなく、チーム全体に蔓延しかねません。

 「学習性無力感」とは「ウィキペディア」によると「長期にわたって、ストレス回避の困難な環境に置かれた人が、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなる」という心理状態であり、「学習性絶望感」ともいわれています。
1967年に、心理学者のマーティン・セリグマンにより行われた実験の結果により発見された仮説です。
 実験は150匹の犬を3つの群れに分けます。3群に分けた犬のうち、2群の犬たちに電気ショックを与えます。どちらの犬も固定されていますが、一方の犬たちは、足でパネルを押すと電気ショックを止めることができます。しかし、もう一方の犬たちは、何をしても電気ショックを止めることはできず、一定時間電気ショックを受け続けるほかないという状態にいます。このような実験を繰り返した結果は、電気ショックを止められる犬たちは、何回か電気ショックを受けた後、パネルを押すことで電気ショックが止まることを理解すると、電気ショックがくるとすぐにパネルを押すようになります。
 一方、何をしても電気ショックを止められない犬たちは、次第に身動きをしなくなり、電気ショックを逃れようとする行動をしなくなります。この犬たちは、何も学習しなかったのではなく、「何をしても無駄だ」ということをしっかり学習したのだ、といいます。ここまでは想像通りの結果だと思います。

 セリグマンは、この実験に続いて、もう一つの実験をしています。

 犬を、犬の肩の高さで仕切られた2つの部屋の片方に入れます。予告ランプが点灯した後、犬のいる方の床に電気ショックが流されます。壁を飛び越して、隣の部屋に移動すれば、電気ショックは回避できます。この実験を、さきほどの実験を行った2群の犬と、さきほどの実験をしていない犬を含め3群の犬に対して、各々行いました。

 この実験の結果は衝撃的です。

 さきほどの実験で、電気ショックを止めることができた犬たちは、今度も試行錯誤しながら、壁を飛び越すことを学び、また、予告ランプが点灯したらすぐに移動するようになります。この結果は、一つ目の実験をしなかった、つまり正常な状態にある犬たちと同じ状態でした。
 一方、電気ショックを止められなかった犬たちは、壁を飛び越せば電気ショックを止めることができるにもかかわらず、床に座り込んで、電気ショックをあまんじて受け続けました。「何をしても無駄だ」ということを学習した結果、本来できるはずのこともできなくなってしまった、といいます。

 この実験の様子は、波多野誼余夫・他の『無気力の心理学』(*1)にも詳しく紹介されていますが、この実験の結果のセリグマンの所見はこうでした。

 回避できない苦痛を繰り返し受け続けると、

  1.環境に能動的に反応しようとする意欲が低下する。

  2.学習する能力が低下する。

  3.情緒的に混乱する。

 また、回避できない苦痛を繰り返し受けた場合、それでも試行錯誤を試みようとする犬もいるが、正常な状態にいる犬に比べて学びは遅いのでした。また、電気ショックを止めることをできずに「学習性無力感」に陥った犬についてのその後の追加実験があります。仕切りを外し、予告ランプが点灯してもじっとしている犬に対し、隣の部屋へ無理やり移動させます。そうすれば、電気ショックを味わわなくてすむということを、何十回も繰り返すことで、犬自身がようやく隣の部屋へ移動しさえすれば電気ショックを避けられると気づくことができるようになった、といいます。

 だからこそ、この「学習性無力感」に、個人やチームが陥っているのであれば、何をおいても、まず状態を脱却する必要があります。「やる気」等、前向きな取り組みをするに先立って、回避できない苦痛を中断させること。そして、新しい目線や別の観点を持って、再度、取り組みさえすればできるはずのこと、改善できることを見つけ、取り組むことが必要です。ポイントは、その気づきを、プロジェクトチームの外部から取り入れることにあると思っています。システム構築プロジェクトにおいて、「学習性無力感」を感じさせる予兆や現象がある場合、開発側の責任者から顧客側の責任者へ、運営方法やQCDに対する仕切り直しの申し入れが非常に重要になります。

 ところで、こちらも心理学関連の本の中で見つけたのですが、「自己動機付け能力」という言葉があるということを知りました。自分で自分を動機付けること、自分で自分を鼓舞するというのは、自己動機付け力として、能力・コンピタンシーの一つである、という見方があります。無力感から、自分が努力しさえすれば、環境や自分自身を改善しうるという効力感への転換にあたって必要なスキルだと考えています。また、能力の一つであるとすると、必要とされるスキルセットがあり、また、それを伸ばすことができるはずです。
 現象考学研究所さんのHP(*2)に、「成し遂げる意欲を高めるために自己を動機付ける力を獲得しよう」という一節があり、そこで「自己を動機付ける力の基本的要素」を挙げられています。具体的に整理されているので、紹介します。
  ・自分の活動領域を認識し、その領域で達人になろうとする意志を持つ能力
  ・目標を持ち、努力の方向を明確に意識する能力
  ・自分の裁量で実行できる環境条件を整える能力
  ・自分を褒める気持を持てる能力
  ・ゴールを思い描くことができ、そのゴールに到達できる予感を持つ能力
  ・ゴールに到達できる予感を確信に変える能力
  ・ゴールに到達することによって自分が得るものを理解する能力

 これまで漠然と「やる気」という言葉を使っていましたが、このように分解・整理して見せられると、各々、自然とできていることと、意識しないとなかなかできないことがあることがわかります。

 自分で自分の状態をモニタリングし改善するためには、「メタ認知」の視点を持つことが大切です。
 今回は、「学習性無気力」や「自己動機付け能力」の紹介になりましたが、自分の状態を把握し、解釈を正しく行うためには、様々な事例や現象や症状を知っておくこと、そして、そういったことが自分にも起こることがありうると知ることで、回避や強化ができるようになると思っています。

 (*1)波多野誼余夫・稲垣佳世子『無気力の心理学−やりがいの条件』(中公新書)

 (*2)現象考学研究所のHPより
 「成し遂げる意欲を高めるために自己を動機付ける力を獲得しよう」
 http://homepage1.nifty.com/koken_pat/self-motiv.intro.html
 http://homepage1.nifty.com/koken_pat/self-motiv.main2.html