情報システム学会 メールマガジン 2011.1.1 No.05-09 [11]

連載 日本の情報システムを取り巻く課題と提言
第5回 官(官公庁)の課題

日本アイ・ビー・エム・サービス(株) 代表取締役社長 伊藤 重光

 今回は、官(官公庁)に関する情報システムの課題を考えてみたいと思います。官が主導することで、より効率的な情報システムの構築・運営が可能な分野が多くあります。しかし、一方では、自身の業務遂行のための情報システムに関しては民間に先行しているとは言い難い状況でもあります。情報システムに関しては調達の仕組み、人材育成、国力を高めるためのより高い視点からの行動など、原点に立ち戻って考えるべきことが多いと考えています。

1. 情報システムの発展に関する官への期待

 日本の情報システムの発展のためには官のリーダーシップが重要です。大きな方向性をガイドラインとして示し、それに沿って法整備や規制緩和を推進することが大きな推進力となるからです。2000年に「e-Japan構想」が策定されましたが、この構想は、ITによる産業・社会構造の変革に国として取り組み、IT革命の恩恵を全ての国民が享受でき、かつ国際的に競争力ある「IT立国」の形成を目指した施策を総合的に推進することを目指しています。
 推進組織として内閣に情報通信技術戦略本部(IT戦略本部)とIT戦略会議が設置されました。2001年には具体的なIT国家戦略として「e-Japan戦略」が発表され、重点政策分野として(1)超高速ネットワークインフラ整備及び競争政策、(2)電子商取引、(3)電子政府の実現、(4)人材育成の強化 の4分野が定義されています。
 その後毎年「重点プログラム」が発表され、2005年には「IT政策パッケージ2005」で今までの振り返りと今後の重点を発表しています。インターネット網は世界最高レベルの高速性と低価格が実現し、電子商取引も米国に次いで世界2位となり、当初の目的を達成しましたが、一方、電子政府、医療、教育分野などIT の利用面においては、国民が安心して真にIT の利便性を実感できるための課題が残されているとの反省から、行政サービス、医療、教育・人材、生活、電子商取引、情報セキュリティ・個人情報保護、国際政策、研究開発に関して施策が発表されています。
 この中には当たり前のことも沢山あげられていますが、興味深いテーマもあるのでいくつか取上げて見ましょう。全体としては、コンセプトは良いが実践的なことになると中途半端という印象があります。

・大学入学試験における情報科目の導入促進(文部科学省)
 情報システムに関する教育は小学校から段階的に実施すべきですが、この施策は高校までの情報システム教育を推進するきっかけになるのではと期待をしています
・産学官連携による高度IT人材育成の推進と体制整備(内閣官房、総務省、文部科学省、厚生労働省、経済産業省)
 高度IT人材育成は大変重要なテーマですが、官が実施すべきことは、大きな方向感やガイドライン策定ではないでしょうか。モデル教材の開発などに大きな予算が使われているようですが、教材は国の方向感やガイドラインに沿って民間企業が実施した方が有効なのではと思っています。
・中小企業同士のIT活用連携支援
 個別のIT投資が厳しい中小企業はIT活用が遅れ、国際的な競争力を失う恐れがありますが、これを国として支援する試みには期待したいところです。またグローバル化の中で苦戦が予想される中小のITベンダー企業に対して何らかの支援策が必要ではないでしょうか。

2. 情報システムに関して自らが手本となるべき

 かなり前になりますが仕事で官公庁を訪問したことがあります。陳情に来ている方が多いのにも驚きましたが、一番驚いたことは職員の机の上が書類だらけであったことです。これでは仕事をするスペースが無いのではと思われるほど作業途中と思われる書類が置かれ、資料用のバインダーが山ほど立てかけられていました。
 民間企業では既にPCを利用した仕事が行われ、書類も大幅にペーパーレス化されていたので、あまりの違いに驚きました。きっと承認処理もワークフロー化されていなかったのだと思います。現在ではさすがにこのような状況はかなり解消していますが、官は民を指導する立場であるにも関わらず情報システムの世界では全く逆転しています。
 官は日本のIT戦略やIT人材育成を語ることも重要ですが、情報システムのユーザーとして各省庁の情報システムの活用レベルを、まず民間並みに高める必要があるのではないでしょうか。そして将来は民間企業の手本になってほしいのです。トップ・マネジメント(政府高官)や利用部門(官僚)の情報システムの理解という点で多くの困難が予想されますが、各省庁だけでシステム化を推進するだけでなく、全省庁横断の情報システム部門や国家レベルのCIOを設置するなどは総理大臣がリーダーシップを取って実施すべき重要な仕事の一つではないでしょうか。
 また地方自治体の情報システムに関しても、ほぼ同様の行政手続であるにも関わらず別個に情報システム開発がされているのが現状です。共同開発・共同運用の動きも出てきていますが、政府がリーダーシップを取って共通化、効率化を図っていくべきでしょう。各省庁や地方自治体では民間からCIO補佐官を登用したりして、レベル向上に努力をしていますが、あくまでも補佐官の位置づけです。むしろ実力のあるCIOをきちんと任命することが重要なのではないでしょうか。個別で無理な場合は共同での対応を検討すべきです。そしてCIOだけでなくそれを支える優秀な人材を育成することを真剣に検討すべきと考えます。このような地道な対応により官に優秀な情報システム人材が誕生した時に日本はIT先進国になれるのです。

3. 政府調達(競争入札と随意契約)

 政府調達に関して「競り下げ方式」が検討されています。物品や資材の調達にあたり入札時に複数の業者がインターネット上などで安値を競り合うことで調達価格を20-30%削減することを見込んでいるようです。業者は入札期間であれば他社の提示した価格を見ながら何度でも安い価格で入札できる仕組みのようですが、効果を疑問視する声も少なくないようです。
 政府調達に関しては従来から問題提起がされていますが、なかなか改善が進んでいません。相変わらず収賄事件も起きています。情報システムの開発・保守・運用に関してもいろいろと課題があります。基本は競争入札ですが、開発に関する入札で特別に安い価格で入札してしまえば、その後の保守や更新は違うITベンダーで実施することが困難なため、随意契約として業者指定で仕事が獲得することが可能であり、高い価格でビジネスを獲得できることになります。このような環境を見込んで赤字覚悟で開発の入札をするITベンダーが出てきます。最近は法外の安い価格は排除するような試みもされているようですが、民間企業に比べると正当な競争になっていないという印象はぬぐえません。
 また調達価格に関しても現実離れした指定単価が決められているケースがあるようです。例えば開発要員、運用要員といった感じですが、この単価の見直しが長期間されないために現実とは大きなギャップが出てきており、発注側も受注側も了解した上で、工数で調整をするようなことも行われているようです。計画工数を多めに設定し、実際には少ない工数で実施することになるため、報告内容を変える必要があり、昨今のコンプライアンスという観点でも問題になりそうです。
 私は個人的にはこの問題は契約方式の問題ではないと考えています。情報システム経験のあるマネジメントがいないため、仕組みだけが作られ、運用が追いついていないという問題だと理解をしています。ITベンダーからの提案内容を理解し、サービス内容と提案価格とを正しく評価できる人材を配置することから始めないといけないのではないでしょうか。

4. グローバルを意識した施策を

 e-Japan、ITコーディネータ、CIO補佐官、ICT人材育成、ITSS(ITスキル標準)、UISS(情報システム・ユーザー・スキル標準)など国が主導して進めてきた施策はたくさんありますが、共通して言えることはグローバル意識が不足しているということです。最近、携帯電話の世界で「ガラパゴス化」という言葉が使われています。技術やサービスなどが日本市場で独自の進化進を遂げて世界標準からかけ離れてしまう現象のことを指し、技術的には世界の最先端でありながら、海外では全く普及していない日本の携帯電話の特異性を表現した新語だそうです。
 最近話題のアップル社のiPodやiPadはグローバルレベルの発想で製品が作られ、それを支える情報システムもグローバルを意識して作られています。情報システムの世界はインターネットなどのネットワークを通じてリアルタイムに世界中と連携しており、最もグローバリゼーションが進んでいる世界です。日本だけ特殊な世界ではどんなに素晴らしい技術や優秀な人材であっても取り残されてしまいます。世界と連携し標準化を進めながら、その中で優位性を高めていく姿勢が必要なのです。

以上