情報システム学会 メールマガジン 2010.8.25 No.05-05 [12]

連載 情報システムの本質に迫る
第39回 制約条件としての情報システム

芳賀 正憲

 社会主義と資本主義のどちらが優れているのか、特に第2次大戦後、両陣営は冷たい戦争と熱い戦争を繰り広げながら、覇を競ってきました。しかし経済学者のコルナイやワルラスが明らかにしたように、理論的には、完全集権化計画経済と完全分権化市場経済は、いずれも完全に機能します。ともに均衡状態が存在し、どちらのモデルも最適状態に到達させることが可能です。
 しかし現実には、2つの理想状態は、どちらも実現しません。ときとして両者とも、破たんします。ソ連の崩壊やサブプライム問題を起因とする未曾有の経済危機がその端的な事例です。
 理想実現の最大の制約条件になっているのが、情報の流れです。情報が正しく処理され伝達されないので、理想状態に近づくことがむずかしくなるのです。したがって、いずれの体制においても、情報がどのように処理・伝達されるか、情報システムのあり方が経済の状態を決定することになります。

 情報システムと文化が等価なものであることは、このメルマガでも繰り返し述べてきました。例えば2008年1月30日号で、文化人類学者E.T.ホールの次のような定義を紹介しています。「文化とは人類が発展させたことで、他の生物とは異なる存在になった1つのシステム―すなわち、情報を創造し、伝達し、蓄積し、加工するシステムを指し、習俗、伝統、慣行、習慣などの語は、『文化』という包括的な言葉に包含される。」

 したがって、情報システムのあり方によって経済の状態が決定されるということは、1つの社会において、文化のあり方がその社会の経済の状態を決めるということを意味します。
 そこで、ケンブリッジ大学のC.ハムデン‐ターナーと国際ビジネス研究センター(オランダ)のA.トロンペナールスは、先進的な7カ国について、それぞれの国の文化がどのように富の創出のあり方に関わっているか、詳細な分析を行なって「七つの資本主義(現代企業の比較経営論)」という書物を著しました。原著は1993年に発行されており、わが国では、上原一男・若田部正澄両氏による翻訳が1997年、日本経済新聞社から出ています。
 7つの国として、米国、日本、ドイツ、スウェーデン、オランダ、英国、フランスがとり上げられています。現在、90年代初頭からかなり時間が経過していますが、文化には大きな慣性がありますから、文化の分析としては、20年後の今日でも十分意味があると考えられます。
 一方、経済の状況は20年間で激変することがあります。例えば、日本経済研究センターが算出している潜在競争力のランキングでは、1990年、米国が1位、日本が9位、スウェーデンは10位でしたが、2009年、米国は3位、日本は14位に順位を下げ、スウェーデンは6位に順位を上げています。「文化」によって、そのときの経済状況だけでなく、その後の変化の予測もできなければ、適切に説明ができたとは言えないことが分かります。

 「7つの資本主義」では、各国の文化を次のような7つの2項対立の座標軸上に位置づけて整理しています。

 (1)普遍主義か、個別主義か:一般性のあるルールに依ろうとするか、例外にこだわるか、体系的な理論知をどれだけ重視するか等の傾向と考えられます。
 (2)分析重視か、総合重視か:もちろん両方を繰り返すことが必要ですが、どちらにより力点をおくかということです。
 (3)個人主義か、共同社会主義か:個人と社会との利益のバランスです。「戦陣訓」や「玉砕」命令は、共同社会主義側に極端に偏った事例と言えるでしょう。
 (4)自己基準によるか、外部基準によるか:一例としては、プロダクトアウトとマーケットインのちがいと考えられます。
 (5)逐次的時間観をもつか、同期化的時間観をもつか:スケジュールを厳密に組み、一どきに一つのことを遅滞なく実行していこうとするか、自然や組織の広範囲なネットワークの中で、外乱も受け入れ、同期化しながらものごとを進めていこうとするかのちがいです。このような時間観のちがいに着眼すること自体、わが国では一般に容易には成し得ないところです。
 (6)獲得地位か、生得地位か:選抜がどれだけ業績に依るか、ルーツや由緒が重んじられるか、わが国の政治家を見るとよく分かります。
 (7)ヨコ社会か、タテ社会か:挑戦機会や処遇で平等を志向するか、上位階層の判断や評価が重視されるか、これらのバランスが問題です。

 いずれの社会においても、上記7項目の特質は、前者と後者が入り混じって存在しています(例えば、どんな社会でも、ヨコ社会とタテ社会の両側面があります)が、この本の著者は、調査結果から各国の文化を次のように分類しています。

 (1)普遍主義:米国、スウェーデン、ドイツ
    個別主義:フランス、日本

 (2)分析:米国、スウェーデン
    総合:フランス、日本
 (3)個人主義:米国、スウェーデン
    共同社会主義:フランス、日本、ドイツ
 (4)自己基準:米国、フランス、ドイツ
    外部基準:スウェーデン、日本
 (5)逐次的時間観:スウェーデン、米国
    同期化的時間観:フランス、日本、ドイツ
 (6)獲得地位:米国、スウェーデン、ドイツ
    生得地位:フランス、日本
 (7)ヨコ社会:米国、スウェーデン、ドイツ
    タテ社会:フランス、日本

 この分類結果から、各国の文化について、次のような特徴を挙げることができます。
 まず米国は、7つの項目すべてで、前者側の特質をもっています。対照的に、日本は7つの項目すべてで後者側の特質をもっています。
 スウェーデンは、6つの項目で米国と同じ特質をもち、外部基準に関してのみ、日本と同じ特質をもっています。
 フランスは、6つの項目で日本と同じ特質をもち、自己基準に関してのみ米国と同じ特質をもっています。
 ドイツは、普遍主義、自己基準、獲得地位、ヨコ社会に関して米国と、共同社会主義、同期化的時間観に関して日本と同じ特質をもっています。

 ここでスウェーデンに注目すると、7つのうち6つの項目で米国と共通の特質をもっているにもかかわらず、この20年間、潜在競争力において米国に対し相対的にランクを大きく上げてきました。その要因として、第一に両国のちがい、すなわちスウェーデンが外部基準であることが考えられます。
 この本の著者は、スウェーデンの人的資源が限られている上、激動の20世紀、輸出に極度に依存していることが原因となって外部基準になったのではないかと述べています。大戦の時代、西と南にドイツ占領国のノルウェーとデンマーク、東にドイツの同盟国フィンランドをひかえ、四面楚歌の中で中立を維持するのは容易ならざることでした。このような厳しい環境の中で190年という稀有の平和を維持してきたことが、対決ではなく、Win−Winの関係をめざし、中庸のところで問題を解決していく風土を培ったのではないかという、早稲田大学・岡沢憲芙教授の見解を7月号のメルマガで紹介しました。

 「七つの資本主義」によると、スカンジナビア航空の著名な経営者ヤン・カールゾンは、「ロミオとジュリエット」の北欧版ともいうべき中世スウェーデンの寓話を社員への教訓に用いていました。この寓話の中でロミオは、危険な深い谷を隔てて住んでいる仇敵の一家の娘ジュリエット(いずれも実際は北欧の名前です)を訪ね、捕まってしまいます。
 このとき、ジュリエットは危険を冒して谷を渡り、自ら相手方の人質となって、交渉力のバランスをとることに成功します。若者の働きかけで話し合いが始まり、両家は和解、2人は結婚します。対等な関係で合意を形成し、最終的な目的を達成するためには、相当のリスクをとることが必要という寓話になっています。

 スウェーデンが潜在競争力において、米国に対しランクを大きく上げてきた第二の要因として、米国と同じ特質であっても、それをより優位な形で実現しているのではないかということが挙げられます。
 その1つとして、個人主義と共同社会主義のバランスがあります。同書で「スウェーデン人は、調査対象にした他のどの国の人々より、個々人の誠実さや独自性、自由、欲求、価値観をその出発点としている。その上で個人の充足感や目的は、自身の仕事や労力を通じて他人を向上させ支えることにある、と彼らは言う」とされています。そして、一般に社交上大事とされている気のきいた会話などより、「仕事を通じて親睦を深める」ことを希求しています。

 同じ個人主義であっても、米国とのちがいは、次のようなアンケート調査結果によく表われています。
 「仕事が一番うまくいくのは、自分が個人的にも知っており、自分のことを受け入れてくれる人と仕事をする場合だろうか、それとも友情には関係なく、自分の仕事ぶりを評価してくれる場合だろうか。」前者と答えた人は、スウェーデン56%、日本41%、米国18%でした。
 「15年間会社のためにまずまずの実績を上げてきた従業員を、最近の業績が振るわなくなったからといって首にすべきか、それともこれまでの記録全体と会社側のもつ責任を考慮に入れるべきか。」後者と答えた人が、スウェーデン75%、日本67%、米国43%でした。
 このような考え方から、スウェーデンでは失業者に関して、自己責任ではなく、働く仲間に入れそこなった社会の責任と考える傾向が強いそうです。
 「最大の成果を得るために、必要な仕事に人の方を合わせるべきか、人に仕事の方を合わせるべきか。」後者と答えた人が、スウェーデン37%、日本21%、米国16%でした。
 経営者も、利益第一ではなく、よりよい社会をつくり出してこそ市場で成功を収められるという考え方をしていて、ビジネスの世界で、総じて社会的な使命感や倫理感の高さが伺われます。

 ヨコ社会に関しても、スウェーデンでは価値観をもって取り組んでいます。
 米国を中心にビジネス界では一般に、能力や業績にもとづく結果としての格差は容認される方向にあります。そのような格差は、むしろインセンティブとして経済活性化のため必要なのだと説く人さえいます。
 しかしスウェーデンでは、平等主義の観点から格差を縮小させる政策をとり、しかも国際競争力を高めてきました。所得再配分の結果、スウェーデンの相対貧困率は5%という低さであり(米国は13.7%、日本13.5%)、潜在競争力は前述しましたが、IMD国際競争力も2010年6位(米国は3位、日本は27位)になっています。

 スウェーデンでは、ビジネスにおいてもヨコ社会に積極的な意義を見出しています。仕事の段取りを改善するのに必要な情報は、集団の中に広範に分散しているため、最適の解決策を得るには、衆知を結集して取り組むのが最善と考えています。
 スカンジナビア航空ヤン・カールゾン氏の「真実の瞬間」概念は、彼の著書を通じ世界的にも有名になりました。担当者が顧客に接する短い時間が「真実の瞬間」であり、この瞬間に凝縮されたサービスの品質が会社の評価を決定します。そのため、会社の中で最も重要な人は、顧客に接する担当者であり、管理職や役員は、担当者をサポートするために存在しています。このことから会社の組織図を、トップを頂点とするピラミッド型ではなく、担当者を上辺に置く逆ピラミッド型で図解するアイディアも生まれました。上辺のさらに上に顧客が存在しているのです。

 1993年に発行された「7つの資本主義」には、スウェーデン経済に対する懸念も書かれています。第二次世界大戦以降成長した主要企業がほとんどなく、情報革命をけん引する技術分野で主役を演じていなかったからです。依然として強いのは高度のものづくりであり、サービス業が十分育っていませんでした。
 スウェーデン社会のもつ優しさや合意形成力の高さが、かえって鋭い創造性を鈍らせているのではないかという指摘があります。新しい事業の創出が課題になっているのですが、企業の労働条件がきわめて人間的であることが社員の独立を妨げ、集団の仲間の好意を得るため働くことこそ個性の充足と考えるスウェーデン人の信念が、企業家精神の発揮を阻害している可能性がありました。
 しかしこの20年、スウェーデンの国際競争力は相対的に向上しており、上記のような懸念は杞憂だったかもしれません。2009年、日本経済研究センターが算出した潜在競争力のランキングで、スウェーデンは教育分野で世界1位(米国が2位、日本は14位)、ITの普及に関してスイスに次いで2位(米国14位、日本20位)となっていることも明るい兆候です。

 いずれにしても、外部基準であることを除いてわが国と対照的な文化的特質をもち、わが国よりはるかに高い国民負担率とはるかに低い相対貧困率のもとで、わが国より高い国際競争力と一人当たりGDP水準を維持しているスウェーデンは、今後とも重要なベンチマーキングの対象として注視を続ける必要があると思われます。(以下次号)

 この連載では、情報と情報システムの本質に関わるトピックを取り上げていきます。
皆様からもご意見を頂ければ幸いです。