情報システム学会 メールマガジン 2010.5.25 No.05-02 [6]

理事が語る
「何のためのか」

新潟国際情報大学 情報文化学部 情報システム学科 佐々木桐子

 この2010年4月より,情報システム学会の理事(補充)となりました,新潟国際情報大学の佐々木桐子(とうこ)と申します.よろしくお願いいたします.理事としての最初のお仕事がこの「理事が語る」への寄稿となってしまいました.稚拙な文章ではございますが,「何のための○○○か」について,いろいろと語ってみたいと思います.

 私事で恐縮ですが,気がつくと,18年間,同じ言語(SIMAN/Arenaシミュレーション言語)で,シミュレーションモデルを作り続けておりました.私の研究は,生産システム,ロジスティクスシステム,道路交通システムなどを対象としたシミュレーションモデルの構築,分析,解析をおこなうことです.これまで,様々な組織体の依頼でいくつかのシミュレーションモデルを構築してまいりました.どんなシステムであれ,モデルが完成し,実際に動き出した時は,何とも言えない感動を覚えるものです.苦労が報われる瞬間でもあります.
 しかし,最近,「何のためのシミュレーションか」を改めて考えさせられることが多くなったように感じています.「学術的,中立的な立場で分析を・・・」といった依頼がとびこむことがあるのですが,お話をよくよく聴いてみると,実は「結果」や「結論」が既に存在するケースであることが少なくないのです.「試しにやってみる」,いわゆる「仮想実験」というシミュレーション本来の意味とは大きくはずれ,「試さずにやる(つじつま合わせ,言い訳)」ための都合のいい道具として使われかねないと危惧しているところであります.当然,シミュレーションの実行結果が,先方によって想定された「結果」,「結論」にならないことは良くあることで,そんなときには,「こんな結果をだされては困る」なんてことにもなります.「思った通りにはならないのがシミュレーションです」と堂々と言ってのける,・・・ようになれば一人前なのでしょうが・・・.まだまだ,私も修行が足りないようです.

 さて,お話は変わって日頃接している教育現場のことに触れてみたいと思います.と言っても教育内容ではなく,「出席管理」に関するお話です.当然のことながら,学生間,教員間で出席管理に対する意識の相違があります.確かに「そもそも大学まできて,学生一人ひとりの出席を管理する必要があるのか」とか,「学生は,出席をとるから授業に出るのではなく,授業内容に強い関心があるからこそ,出席するのではないか」というごもっともなご意見もあるでしょう.おそらく「何のための出席管理か」という考え方の違いによって様々な見解があると思われます.たとえば,大学は学生に対し「知識」や「技術」のみを提供する場と考えれば,出席管理をする必要はまったくありません.学生や社会のニーズに合った専門的な「知識」や「技術」を,効率よく習得できる環境を整えていればよいことになります.また,大学は「依存」から「自立」を促す場であると考えれば,出席管理それ自体が「自立」を阻害しているようにさえ感じられるかも知れません.
 しかし,社会が学生に求める素養として,専門的な「知識」や「技術」だけではなく,「態度・姿勢」や「自己管理力」を養うことの重要性も問われているとすれば,大学としても,「良い点数・成績を取ればいい」という「結果」だけを求めるのではなく,「いかに取り組んだのか」という「過程」をも認識・評価する必要があるように思います.また,大学生活に支障をきたしてしまった学生を早期に発見し,早期に学生相談等の支援に結びつけるきっかけを見出すためにも,「出席管理」は有用かつ有効な手段と考えています.

 ここからは,「実はこんなことがありました」というお話をしてみたいと思います.出席管理に対する私の思いは前述いたしましたが,実は,バイオメトリック技術を出席確認の方法として応用することを考案し,新潟県南魚沼市の「株式会社システムサポート」と共同で「指静脈認証による出席管理システム」を開発しました.既に2008年9月から本格運用をスタートし,これまで約750名の学生を対象に,のべ10,352名の出席を確認してきました(2010年5月現在).
 実は,これが学内で様々な議論を巻き起こし,本学教員からの強い抗議,そして2009年5月には,学内に設置された「新型インフルエンザ対策本部」からの自粛要請を受けました.抗議は,バイオメトリクスの歴史的な扱われ方や使用された場面に起因し,自粛要請は,出席確認のために多くの学生が指静脈認証装置に指をかざすため,この装置を介して感染が拡大しては困るとの説明でした.しかし実際のところ,装置に指が接触するのは,時間にして1〜2秒,指先と付け根のほんの一部が装置に触れているに過ぎません.接触面・接触時間による感染拡大を問題視するのであれば,教室内の机や椅子, PCのキーボードやマウス,ドアノブ等への感染予防措置を全くのとらずにそれらを使用することの方がよっぽど危険です.つまり,「新型インフルエンザ」という未知の感染症への不安感・恐怖感と,「指静脈認証」という新しい技術への誤った解釈によって下された判断であると私は理解しています.自粛要請が2010年3月に解除されるまでの約10ヶ月間は,指静脈認証による出席管理システムの使用は完全にストップしてしまいました.
 安全性や利便性がいくら保証されていても,一旦刻み込まれたバイオメトリクスへの心理的抵抗感,未知のもの・ことへの不安感を払拭することは非常に難しいということを実感する出来事でした.

 勉強不足,修行不足をひしひしと感じながら書き進めてまいりましたが,日頃感じていることを言葉にしてみると,あらためて認識や見解のズレは,「何のためのか」といった目的の違いから派生することが多いように思います.また戸惑いや迷いも目的を見失うことで生じてくることのようにさえ感じます.つまり,そもそもの目的を確かめ合うことで,随分と戸惑いや迷いから解放され,全体としての意志の統一がはかられるものなのかも知れません.

 情報システム学会は,「任意団体」から「一般社団法人」への移行という大きな節目を迎えております.「人間中心の情報システムを志向し,ビジネス・研究領域の融合や情報システム人材の育成を目的とした学会であること」を再確認し,皆様と一緒に2010年はさらなる飛躍の年といたしましょう.
 今後ともよろしくお願い申し上げます.