情報システム学会 メールマガジン 2009.10.25 No.04-08 [5]

第1回 「新情報システム学体系調査研究委員会」 開催報告

  日時 平成21年10月3日 13時30分〜17時
  場所 専修大学神田校舎772教室
  論題 「情報と記号論:その相性は?」
  講師 田沼正也氏(記号工学研究室主宰)
  参加者 20名

内容
1. 本委員会では当面の間、「情報とはどういう概念なのか」、「情報システムについてどのように考えるか」を主論点として、各方面の専門家の意見を広く聞くところから開始するという基本方針を立てています。その第1回として、記号工学研究室 田沼正也氏を講師にお迎えしてご講演と参加者の討議を行いました。

2. 田沼先生(工学博士、制御)は、Web上の研究室として記号工学研究室を開設されています(http://www.wind.sannet.ne.jp/masa-t/semioeng/seika.html)。このサイトの「研究成果」のコーナーを訪れますと、記号論に関する基礎編から専門領域の理解のための広範な情報の宝庫を伺うことができます。当日の自己紹介では、「ダニエル・チャンドラーの『初心者のための記号論』の翻訳から始めた。本書には,各論のあと演習があり、最後になって全体の位置づけがわかった。そこで、記号論の全体の地図を示したい。それに基づき、勉強していただけるように、という目的でこのWeb研究室を発足させた。」「記号論を独学で学び、本を読みこんなものかなと考えている状態です。」「制御をやっていた。モデリングの手法の一つとしてみる視点での記号論を話したい。」とご自身の取り組みのご紹介と抱負を語られました。

 講義の前半では、「エンジニアから見た記号論」と題して、記号論の基本概念と基礎理論について、学問的系譜を辿りながら講義いただきました。「記号論は記号の表現と意味を探求する学問であること。」「意味は、自然発生的でも中立的でもなく、必ずバイアスがかかったもの。実体がきっちりとあると思い勝ちであるが、社会の権威者たちが自分の都合のよいように人工的に作り上げているものと捉える。だから、私たちは、意味の作られ方を誰かに任せるな!自分なりに理解することが記号論の目指すものである。」という考え方が記号論の基本的視点である。学問分野としての記号論は、20世紀初頭に急に台頭し、偶然にも同時期に生きたが互いに知り合うことのなかった二人の記号論の巨人(フェルディナン・ド・ソシュールとチャールズ・サンダース・パース)によって確立された。二人の巨人がそれぞれに確立した「記号論へのアプローチ方法」を簡潔にご紹介いただきました。その上で、記号やテクストの意味がどのように作られるかを分析するための理論的な枠組みとしての「記号の様相」「コード」「テクストの構造分析」といった記号論の「道具概念」の詳細な展開の紹介があり、記号論の全体を鳥瞰することができました。ご自身の生活やエピソード、私たちの身の回りの社会事象を例示いただきながらのご説明で、記号理論の提示する具体的な意味合いについて、分かり易く手ほどきを受けることができました。

 後半では、「情報への記号論からの接近」と題して、「記号論からみて、情報システムとはどのようなものであるか」についての田沼先生の情報に対する視点の紹介がありました。従来、情報処理関係者たちは、いかにして性能よく情報を処理するかという立場から語ってきたが、情報に対する視点として、むしろ人間はそれを処理できるのか、社会として受け止められるのか?という視点を「重視」することが私の基本視点である。様々な情報に関する定義がある中で、私は、「情報は記号である」と考える。これらの考え方の出発点は、情報システム学会の掲げる理念などへの理解も踏まえての提示でありました。その上で、講義の前半で解説された記号論で確立されてきた理論的枠組みと手法(「アプローチ方法」、「様相」、および「構造分析」)を「道具概念」として適用して、情報システムに関する考察とご意見を提示されました。特に力点を置かれた論点は、(意味を考慮しない)統語情報に対して意味情報をどのように考えるかという点。(意味)情報と記号とを対比して、受信者にとって意味があることを共通点として捉え、一方、相違点として、状態としては、(意味)情報を動的な記号、記号を静的なものと捉えたらどうか、という基本的スタンスを披瀝されました。記号体系は我々の中に生成・構築されていくが、物理的世界と主観的世界を結びつけるものが意味情報ではないか。そこに差があるからどんどん流れていく。主観的世界を広げるのが情報ではないか、という考え方を指摘されました。

 講義の後には、参加者の皆さんと、活発なQ&A、フリーディスカッションが行われました。情報を動的な記号と捉えるという考え方、恣意性の理解、記号論におけるパースの三項モデルのメカニズムの理解、記号と情報の定義、オブジェクト指向と記号論とには親和性が見出せること、など諸論点についての質問や意見が提起されました。情報と情報システムを記号論の助けを借りて理解することを中心テーマとして、若干の時間オーバーとなるほど活発な議論ができ、上首尾のうちに第1回を終了することができました。

以上

PS 田沼先生の詳しい講義内容は、整理ができ次第,ISSJのサイトでご紹介します。