情報システム学会 メールマガジン 2009.8.25 No.04-5 [7]

会員コラム 「情報システム学への思い」

静岡大学 情報学部 特任教授 市川照久

 1965年に三菱電機(株)に入社し,コンピュータのシステムエンジニア(以下SE1と略す)として22年間さまざまなプロジェクトを経験した。1977年には慶応義塾大学非常勤講師として「情報システム」の授業を担当し,それ以来30年以上情報システム教育を続けており,最初の教え子はすでに50代になり,コンサルタントとして活躍している。
 当初の授業は,自分自身のSE経験から情報システムの教育カリキュラムを考案し実施したが,「情報システム学」として体系化したいとの思いが強まった。1980年以降,情報処理学会において「情報システム学」の必要性を訴え続けたが,情報システムはコンピュータサイエンス(以下CSと略す)の延長線上にあるとする意見が強く,認められなかった。そこで浦先生が中心になり研究グループを編成し,「情報システムの教育体系の確立に関する総合的研究」科研費報告書(1992)の取りまとめに参画した。
 米国においては,ACM(Association for Computing Machinery)においてモデルカリキュラムの策定活動が行われており,CSのモデルカリキュラムとしてACM'68が発表され,その後10年毎に改訂版が発表されている。1990年には情報システムのモデルカリキュラムとしてIS'90が発表され,日本においても情報システム学が広く認知されるようになり,CSの延長線上にあるという人はいなくなった。
 日本においても情報処理教育のモデルカリキュラムの必要性が認識され,1990年に文部省委託調査として大学等における情報処理教育検討委員会(委員長:野口)が発足し,「大学等における情報処理教育のための調査研究報告書」情報処理学会(1991)を取りまとめた。筆者は理事の立場から本委員会に参加し,情報システム教育の必要性を訴え,翌年に情報システム学の教育の在り方に関する委員会(委員長:國井)を発足させ,「大学等における情報システム学の教育の実態に関する調査研究」情報処理学会(1992),「大学等における情報システム学の教育の在り方に関する調査研究」情報処理学会(1993)を取りまとめることができた。
 その後,米国においては,IEEEが中心になりコンピューティングカリキュラムの策定活動を行っており,日本においても1998年には情報処理教育委員会が情報処理学会の常設委員会となり,その傘下にCS教育小委員会,IS教育小委員会(委員長:黒川),SE教育小委員会,一般情報処理教育小委員会が発足し,継続的に策定活動を行うようになった。
 本委員会の最新版は,「学部段階における情報専門教育カリキュラムの策定に関わる調査研究」情報処理学会(2008)であり,IS領域に関してはIS委員会(委員長:神沼)によりJ07-ISが策定された。

 以上のような約30年の変遷を経て「情報システム学」が認知され,「情報システム学会」が発足したことには感慨無量である。
 優れた情報システム学の教育体系が確立し,各大学も参考にして教育改革を進めているが,日本の大学の実態をみると甚だ心配である。すなわち,米国の大学生は実務経験を持った人が混在しており,ホームワークも多く,4年間で専門教育をみっちり学ぶ体制ができている。これに対して日本の大学生は実務経験が皆無であり,1年生は教養教育に時間を取られ,4年生は就職活動と卒論に時間を取られ,専門教育として学ぶのは実質2年間である。単位の実質化2もほとんど行われておらず,ホームワークの多い選択科目は敬遠される。米国で想定する4年分の専門教育を消化するには,日本では大学院まで含めた6年間を必要とする。筆者が所属する大学では大学院まで含めた6年一貫教育を設計し実施にこぎつけたが,研究室単位のタコつぼ教育から大学院を脱皮させるのは容易でない。

 SE教育に際して筆者が常に参照し紹介しているのは,1995年9月に実施した情報処理学会第51回全国大会のパネル討論3「SEは何を学ぶべきか、何を学ぶべきでないか」において5名のパネラーが主張した内容である。5名の内の1名はお亡くなりになったが,3名は本学会の中心人物であり,その内容は10年以上経過した現在にも通ずる内容である。本人の了解をとっていないので,発表当時の肩書でその当時の主張点を紹介する。
 農工大中森教授は,情報処理学会の調査研究結果の紹介者の立場から,表1に示すように「SEはコンピュータの世界と実務の世界をマッピングする人」と定義し,そのために学ばなければならない内容をIS要素,コラボレーション,管理技法に分けて各々のマッピング技術を紹介した。
 専修大魚田教授は,表2に示すように「SEはシステム分析,設計,開発して一つのシステムをまとめ上げる人」と定義し,SE活動,SEに必要な基本能力,能力向上策について提案した。
 新日鉄情報通信システムの芳賀氏は,表3に示すように「SEを情報サービス産業のSE,コンピュータメーカーのSE,一般ユーザのSE」に分類し,基礎研修段階で学ぶ内容,応用研修段階で学ぶ内容を紹介した。特に,長年のSE教育の経験から「情報化の意味をしっかり理解させることの必要性」を強調された。
 花王の(故)橋山氏は,表4に示すように「SEは従来の考え方をすべて捨て去ることができる人が活躍する」ことを強調し,将来の情報環境を予測し,SEとしての心構えを示した。
 プライドの松平氏は,表5に示すように「SEはしたたかなSEを目指さなければいけない」ことを強調し,現在のSEと本来のSE,学んでほしいことと学んでほしくないことを示した。
 筆者は司会者の立場から,以下のように総括した。
学ぶべきもの:

  ・モデリング技術(抽象化)
  ・コミュニケーション技術(説得力)
  ・業務知識(本質)
  ・改革の精神

学ぶべきでないもの:

  ・流行
  ・古い経験・古い方法論
  ・古い業務知識
  ・受身の精神

 学ぶべきものの中で,大学教育において筆者が特に重視しているのはモデリング技術であり,筆者が所属する静岡大学情報学部のISプログラムの中核科目に位置付けた。すなわち,情報システムにおいて最も重要なことは目的・目標を明確にすることであり,この目的・目標を達成するための情報システムでなければならないことを強調している。しかしながら,この目的・目標は経営環境の変化により変化する。そのため,この変化に対応できる柔軟な情報システムでなければならない。柔軟な情報システムを実現するための鍵を握るのはモデリングであるが,日本には優秀なモデラーが非常に少ない。
 情報システム部門の地位向上のためには,優秀なモデラーを育成し,柔軟な情報システムを実現し,保守地獄から情報システム部門を開放することであり,松平氏が主張する情報参謀としての役割を果たせる環境を実現することであると考える。


1 最近はソフトウェアエンジニアリングをSEと略し,情報システムはISと略しており,本文中に2種類のSEが出てくるので注意願いたい。
2 文科省の基準では,講義科目は講義1+予習復習2,演習科目は演習2+予習復習1,実習科目は実習3に対して1単位を与えることになっているが,講義科目の実態はこの基準に合っていない。この基準に合わせることを「単位の実質化」と呼んでいる。
3 詳しくは,中森真理雄,魚田勝臣,芳賀正憲,橋山真人,松平和也,市川照久「SEは何を学ぶべきか, 何を学ぶべきでないか」情報処理 37(11), pp.1036-1043(1996)を参照願いたい。

表1 中森先生の提案
表2 魚田先生の提案
表3 芳賀氏の提案
表4 橋山氏の提案
表5 松平氏の提案