情報システム学会 メールマガジン 2009.1.5 No.03-09 [4]

連載 プロマネの現場から
第9回 不況下におけるプロジェクト・マインド

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 12月に入ってから、ソニーがグローバルで1万6千名のリストラを発表し、製造業を中心に数万人単位の派遣社員の契約打ち切り、また自動車業界で世界一のトヨタが大幅減益し来年度が赤字となる見通し、さらには内定者のお断りをする企業が出るといった厳しいニュースを立て続けに目にすることが多くなりました。
 システム投資そのものが企業戦略の一環であるため、当然ながら、好況・不況によって、コスト削減要求や新規プロジェクトの成立そのものが大きく左右されます。
 各企業とも、年末から年初にかけて、来年度予算の枠取りや予算案の策定検討が始まっているところが多いかと思いますが、その予算の前提となる案件が不透明になってきています。今年度の来年度実施予定の案件が延期となり、また現在実施中の案件が中断となった、という話を聞くことが多くなりました。
 このような状況下で、プロジェクトマネージャやエンジニアはどうすべきか。本稿では、ドラスティックな回答を与えることはできないのですが、不況下におけるプロジェクトとそこでのエンジニアのマインドについて少し考えてみたいと思います。

 売上げが伸びない中での収益改善のために、コスト構造の見直し・コスト削減の要求が社内外から強くなってきています。売上の規模では、前年比1割程度の削減であっても、現場のマネージャへの要求は、あくまでも感覚としてですが・・5割以上の厳しい締め付けがきている、というのが実感です。もっとも、実際の数値目標に落とすと、5%〜10%程度になるかもしれないため、自分でもちょっと過剰反応気味と思いつつ。
 ところで、なぜそう感じるかというと、大きく2つ理由があります。
 1つは、ソフトウェア開発プロジェクトの場合、人件費がプロジェクトコストに占める割合が8割を越すケースもあり、下方硬直性のある単価の削減に直結する見直しが、要求する側のマネージャ側にも、まだまだ心理的な抵抗感があります。もう1つは、コストが固定費主体で、そのコスト構造が変わらない場合、仮に収益が売上の10%であったとすると、極端の話、売上の1割減は、そのまま収益の100%減となってしまう背に腹は変えられない事情があるためです。
 したがって、コストの大幅見直し、コスト構造の再編ということに直結してきます。

 一方、個別プロジェクトにおいては、景気の良し悪しに関係なく、プロジェクトの目標である対象システムを、所期の納期・品質・コストで完遂することが大切である、と思っている担当者が多いのではないかと思います。
 また、既にプロジェクトチームの要員・体制は、ハード組織から、有期のプロジェクトに対応したマトリックス組織となっていて、プロジェクトに必要な増員メンバーは、外部のコンサルタントやパートナー各社、またオフショア先との連携によって推進する、変動費が高い体制になっているかもしれません。
 生産性についても、ツールや標準化等の整備による向上がある一方、対象システムの複雑化・高度化により相殺されている面があるため、大幅な改善の手段が見えていない。
つまり、個別のプロジェクトにおいては、既に実施できるコスト削減策や生産性向上に取り組んでおり、プロジェクト目標である品質やスコープが切り下がらないかぎり、ドラスティックな改善が厳しい状況にあるのではないかと思います。

 新規案件や戦略案件等が絞られる不況下におけるプロジェクトにおいて最も強いのは、保守・リテンション領域であると考えています。企業側としても、事業基盤のインフラとしてのITシステムを、継続して維持・運営し、将来にわたっての戦略的な展開を行うためには、保守・リテンションは必須です。ただし、どの企業においても、潤沢に保守・リテンションの予算枠があるわけではないため、最低限必要な工数の議論をすることになります。
 最低保守工数、限界保守工数という言い方は、一般化した言葉ではありませんが、保守枠の議論をする際に、使うことがあります。明確な定義があるわけではありませんが、最低保守工数は、ある領域を保守し、今後のレベルアップ案件に対応するためのシステム知見・業務知見を担保するために確保が必要な最低要員の数になります。また、限界保守工数は、ある領域の保守範囲の、定常稼動の監視等に必要な最低要員のみを残す工数であり、当該領域におけるレベルアップ案件や新規案件がきた場合に、そもそもの見積り等を含め対応できるかどうかをベンダーとして保証できない工数になります。
そして、この最低保守工数と限界保守工数との間が、プロセス改善や生産性向上、継続的なシステム運用の見直しの源泉になっていると考えています。
 保守・リテンション領域は、システム知見・業務知見のベースカーゴであり、また、それゆえ、保守・リテンション領域は営業の最前線であると思います。いったん保守の領域を失うと、新しい提案やシステム構築の際に、既存の保守・リテンションのメンバーが行ったであればできたであろう負荷の2〜3倍以上の負荷を要することがあるし、また、そもそも提案そのものができないという機会損失につながります。
 そこで、豊富なシステム知見・業務知見を有する保守・リテンション領域の位置づけを再認識した上で、既得権益に甘んじることなく、もう一段二段の努力をする価値があります。

 ところで、不況下のプロジェクトを考えるとき、10年前の教訓を思い出します。バブル崩壊後の平成5年頃から数年間、新人の採用の大幅抑制またはゼロとした企業もありました。
 その後の10年を振り返ったいま、仕事の少ない時期でも、無理をして採用した新人がその後大きく成長し活躍しています。その結果、新人を獲得した部署は組織として大きく広がり、苦労して教えた先輩社員は十分に報われたと思います。苦しいときに逃げずに耐え投資したところこそ、花開いたのだと思っています。
 だからこそ、会社側・マネージャのマインドとしては、不景気こそ人を採れ、良い人を採れ! 足元の社員・メンバーを抱えることさえ困難になっていることを認識しつつ、大手ではない中堅以下の企業こそ、本来そうあるべきなのだと思います。
 一方、エンジニア側は、担当業務や部署の違いはあるかと思いますが、少数精鋭のマインドを持つべきでは、と思っています。少数精鋭とは、精鋭だから少数でよい・・の意ではなく、少数だからこそ精鋭化すると解釈すべきでは、と考えています。作業負荷のバランスはマネージャの役割として丁寧にフォローする必要はありますが、担当者に対しては、これまで複数のメンバーで分担していた領域やタスクをトータルに見ることのできるチャンスが得られるという意識付けをもたせることも大切だと思います。
 万一、不稼動となった場合でも、新しい技術の習得とともに、これまでのプロジェクトでのさまざまな体験を、システム知識面・業務知識面・プロジェクト管理面等のノウハウとすること。組織としての教訓として蓄積する努力が必要だと思います。たとえば、既にマーケティング部門やソリューション企画部門等が主体で検討しているかもしれませんが、SaaSやxSP化への知恵出しを行うこともできるのではと思っています。
 また、現場ベースのみではコスト構造の見直しが困難であるといいましたが、企業として、オフショア先を含めた戦略パートナーとの分担の見直し、ソフトウェア開発プロセスにおける従来の委託範囲を超えた切り出し範囲の見直しについて取り組み始める必要があります。
 新規ソリューションやサービスの充実・提供とともに、既存の保守・リテンションを核としたシステム知見・業務知見の強みを活かしたプロジェクト及び組織体制・構造の高度化への取り組みを継続する必要があります。