情報システム学会 メールマガジン 2008.11.25 No.03-08 [5]

連載 情報システムの本質に迫る
第18回 サブプライム問題の情報システム学

芳賀 正憲

 サブプライム問題の被害が広がっています。
 2005年に起きた東証の誤入力問題では、415億円の損害賠償請求訴訟が起こされました。昨年来顕在化している年金記録管理システムの問題では、システムの開発と運用に1兆円を超える保険料と税金がすでに使われている上、大量の不明データと不良データによる国民の逸失年金も兆のオーダーになることが推測されています。
 しかしサブプライム問題の被害額は、桁がちがいます。あるエコノミストは、世界の金融機関の抱える損失が潜在的に230兆円に達すると考えており(日経新聞10月24日朝刊)、実体経済への波及、非正規社員の解雇や学生の内定取り消しまで始まっていることを勘案すると、その影響はとどまるところを知りません。
 今回のサブプライムの問題は、巨額の住宅ローンを実現している社会的なシステムの構成と、その構成にともなって生じた情報の非対称性によってもたらされたと考えられます。その意味では、東証問題、年金記録管理システム問題にもまして、情報システム関係者として、構造の解明に取り組むべき課題と思われます。

 サブプライム問題が顕在化したとき、すぐに想起されたのは、2000年以降北米大陸で起きた2つの大停電です。
 最初の大停電は、カリフォルニア州で電力危機とともに発生しました。カリフォルニア州では電力自由化政策のもと、投資リスクの大きい新規発電所の建設がほとんどなく、送電線の新規増設も行なわれず、環境規制により火力発電量にも制約があったため、電力の供給に限界がありました。さらに渇水による水力発電量の減少があり、その上に地元経済の好況と猛暑による電力需要の増大、一部発電事業者の(企業倫理に反した)価格操作があったため、石油・天然ガスの値上がりもあいまって電力の卸売価格が暴騰、電力(配電)会社の経営危機を引き起こすとともに停電を続発させたのでした。
 対策として考えられたのは次の3項目です。

(1)石油・天然ガスの価格に応じた弾力的な小売価格の運用を可能にする。
(2)経済成長などによる電力需要の増加については、マイクロガスタービンや燃料電池など小規模分散型電源の普及とコスト削減の促進で対応する。
(3)送電線網の拡充による電力供給市場の広域化を図る。
(佐和・早田:日経新聞2001年2月2日経済教室参照)

 ここで、(2)の小規模分散電源は、電力供給量を増すための将来に向けての本命ともいうべき対策です。これはモジュール化の原則に適っています。一方(3)の供給市場広域化対策は、一見合理的に見えますが実は暫定的ともいうべき次善の対策で、運用に細心の注意が必要です。それは、大きなシステムを密結合で作ってしまうことになるからです。
 この懸念は、2003年夏のいわゆるニューヨーク・カナダ大停電で現実のこととなりました。オハイオ州のある電力会社の送電網と監視システムに発生した異常が次々に波及、263箇所の発電所と送電線が遮断され、カナダを含む9州(人口5千万人)に及ぶ大停電になりました。大陸では電力の輸出入も可能で、広範囲に発電所が結合されているのですが、自由化政策の中で電力ネットワークの制御システムに十分な投資が行われてこなかったことがその背景にあるとされています。

 サブプライム問題も、大きなシステムを密結合で作ってしまったことによっており、同様の構造をもっています。ここでサブプライムとは、信用リスクの高い顧客層への住宅ローンの略称です。
 住宅ローンのもともとの形は、銀行など金融機関が、住宅購入希望の借り手に、30年にも及ぶ長期にわたり融資を行なうものでした。このとき資金を出すのも、長期にわたって債権を保有するのも、融資を行なう金融機関です。したがって、長い間に支払いが滞ったりすることのないように、借り手の審査は慎重に行なわれていました。
 しかし、金融機関として資金効率を上げるために長期の債権を証券化、これを投資家に売りさばき、新たに資金を得てこれを再び融資にまわすというビジネスが考えられました。確実で有利な投資先を求める投資家が多数存在していたことも、このビジネスの推進を後押ししました。
 このビジネスモデルを大々的かつ活発に実行していくため、もともと単一の主体だった銀行など融資を進める金融機関の機能が、実に7つのモジュールに分けられました。

(1)ブローカー:住宅ローンを顧客に勧め、契約を金融機関に取り次ぐ役目をします。
(2)銀行など金融機関:従来どおり、借り手に融資を実行します。しかし、その債権は、証券会社に売却します。
(3)証券会社:金融機関から多数の住宅ローン債権を買い取りプールします。
そのプールを原資にして、数学モデルを用いて多種類の証券をつくりだします。
(4)モノライン:金融に特化した保険会社です。証券会社が販売する証券に対して一定の支払保証を与えます。
(5)格付け会社:投資家が信用度の判断ができるように、証券にランク付けをします。
(6)投資家:最終的な資金の出し手になり、証券を購入します。
国際的にきわめて多くの金融機関、一般企業、ファンドなどが参加しています。
(7)SIV:Structured Investment Vehicle  投資家である金融機関が、自己資本を増やさずに大々的に投資を拡大するために設立したペーパー会社。購入した証券を担保にして資金を調達、その資金でさらに証券を買い取り、それを担保にさらに資金を調達。このサイクルを繰り返して信用を創造していきます。証券が値下がりし担保価値が下がると、サイクルが逆回転し信用が収縮、金融危機に陥り、スポンサーの金融機関の経営に打撃を与えます。

 以上のように7つのモジュールに分かれたのですが、もともと銀行など単一の主体に凝集していた機能を7つに分けたのですから、金融機能としてみたとき、各モジュールの凝集度は著しく低いものになります。一方、すべてのモジュールが住宅ローンという共通のオブジェクトを受け渡したり、支払を保証したり格付けしたりしているのですから、その連結度は非常に高いことになります。すなわち、凝集度が低く連結度が高いという、モジュール化としては最悪の構造になっていることが分かります。

 機能の凝集度が低いということは、各モジュールがそれぞれの目的を追求したとき、必ずしも全体最適にならないということを意味します。例えば、融資を実行する銀行など金融機関の場合、もし債権をすぐに他の会社に売り渡すのなら、将来確実にローンの返済がなされるかどうかの心配がなくなりますから、ローンの条件を当初固定の低金利とし3年後に変動の高金利とするなど一見とっつきやすいものにして、ひたすらローンの件数を増やすことにまい進するようになります。
 はなはだしいのはローン契約を金融機関に取り次ぐブローカーで、手数料を稼ぐため、金融知識に乏しい低所得者層を対象にして略奪的・詐欺的とも称される営業活動が行なわれました。不動産価格の上昇という背景下で、低所得者層も早く住宅をもちたいという意欲が強く、また価格の上昇により将来の返済も可能と思われたこと、世界中の多くの投資家が、低金利の日本から借りるなど豊富な資金を、住宅ローンを原資とする証券の購入に向けたことなども、そのようなブローカーの活動を後押ししました。
 証券化の機能をになって巨額の利益を上げた証券会社の活動も見逃すことができません。一般的に従来の証券は、原資となっている物件や債権が特定されています。しかし住宅ローンを原資とする場合、各証券は特定の住宅ローンではなく、住宅ローンをプールしたものに数学モデルを介して結びついています。
 例えば、ある住宅ローンのプールに10%の債務不履行が発生すると想定された場合、それがどのローンになるかは不明ですが、とにかく90%の債権に対して確実に返済がなされる見込みですから、その90%の返済を原資にして、短期・長期、さまざまな金利の証券を高格付けの商品としてつくりだします。残りの10%のローンも、ハイリスク・ハイリターンの証券としてそのような選好のある投資家に売ることができますが、それでも売れ残った場合、あちこちのプールからその種の証券を集めてもう1回プールをつくります。そうすると、もともと債務不履行の恐れのある証券であっても、たくさん集めれば確率的に全部が不履行になることはないだろうということで、そこからまた一定量の高格付け証券をつくって販売します。

 このようなプロセスでビジネスが進められた場合、融資を実行した銀行など金融機関から住宅ローンが証券会社に売却された段階で、そのローンが契約された経緯や、借り手にどれだけ債務不履行のリスクがあるかなどの情報が見えにくくなります。その上に、証券会社の中で数学モデルが適用されて証券化がなされると、最終的な投資家にとっては、その証券の背後にある住宅ローンのプールの、さらにその背後に存在する借り手の返済リスクなど把握のしようがありません。しかし借り手のリスクは見えにくいだけで、実際にはストレートに最終的な投資家に移転しています。結果として、大きなリスクをもった証券が、格付け会社により高くランク付けされ、著名な証券会社によってSIVを含む世界中の投資家に販売されることになりました。

 結局サブプライム問題は、住宅ローンを原資とする証券を通じて世界中から集められた資金が、サブプライム層を巻き込みながら米国の不動産価格を高騰させ、多くは低所得でありながら逆に高金利のローンで高価格の住宅を購入したサブプライム層が、不動産価格が下げに転じるとともに債務不履行に陥り、証券の価値が暴落して世界中に被害が拡大していったものと見ることができます。
 情報システムの観点では、特に次の2つの局面で、いわゆる情報の非対称性があり、問題拡大の大きな要因となったと考えられます。いずれも、このメルマガの今年2月号で述べた「適合性の原則」に関わる問題です。
 ウィキペディアに、次のように説明されています。
「適合性原則とは、金融商品販売業者の側に、投資家の知識・経験・財産力・投資目的等に適合した形での勧誘・販売を求めるものである。これは販売商品のリスク内容について、投資家よりも販売業者の側が知悉していることから、販売業者の側に顧客の諸事情に適合した商品を販売する責任を求めるものと解釈できる。販売業者の側に金融取引の倫理を求めているものともいえる。金融商品に複雑な仕組みのものも増えており、投資家のリスクの理解力や受容できるリスク程度にもさまざまな場合があることからも、販売業者側により多くの責任を求めているものといえる。一般の商品やサービスではすでに常識化していることであるが、金融商品の販売においても、販売者側に顧客の立場に立った顧客志向の商品の開発・セールスを求めている、その象徴が適合性原則だともいえる。」
 わが国の場合、従来、成人が申込書に印鑑を押して金融商品を購入し損失がでた場合、自己責任が当たり前でした。しかし、金融商品の複雑化にともない、取引の知識・経験などに乏しい人が、リスクの高い商品を購入し、大きな損失をこうむる可能性がでてきました。そこで取引法が改正されて、自己責任原則の前提として適合性原則が適用され、販売業者側に厳しい責任が課せられるようになりました。

 サブプライムローンで第1の問題は、米国政府の自由化政策のもと、現実には野放し状態で、前述したような略奪的・詐欺的とも称されるブローカー(とその背後の銀行など金融機関)の営業活動が行なわれたことです。それによって金融知識に乏しい多くのサブプライム層が、短期間で債務不履行に陥るようなローンを組んでしまいました。このような事態を防ぐためには、住宅ローンの契約に際しても適合性の原則に則り、わが国の金融商品取引法と同等のルールで運用がなされるべきだと思われます。
 第2は、格付け会社による証券のランク付けのあり方です。
 住宅ローン証券を購入した投資家は、その主体がプロであることから、従来の考え方では、適合性原則の対象になりません。しかし実際に世界中に広がる投資家にとって、米国の住宅ローン証券のもつ潜在的なリスクは算定のしようがなく、いきおい格付け会社によるランク付けにもとづいて投資が行なわれてきました。つまるところリスク情報に関しては、プロといっても証券会社や格付け会社との関係は、一般消費者と専門業者の関係と変わらないものになっていたのです。
 格付け会社は、証券化の組成段階から深く関与し、住宅ローン融資を実行する金融機関や証券会社と高い格付けを取得するための条件等を相談しながら案件を進めていくのが一般的とされています(みずほ総研「サブプライム金融危機」日経新聞出版社)。
 それだったら格付け会社は、証券のもつリスクに関して客観的に最もよく知る立場にあります。適合性の原則から投資家に対して説明責任を果たすべきでしょう。

 情報システムが存在してこそ成立している今日の各種の金融商品ですが、その情報システムのためにかえって重要な情報が隠蔽され全体像が見えにくくなっている状況は、今後さらに究明し打開していく必要があると思われます。

 この連載では、情報と情報システムの本質に関わるトピックを取り上げていきます。皆様からもご意見を頂ければ幸いです。