情報システム学会 メールマガジン 2008.4.25 No.03-01 [6]

連載 プロマネの現場から
第1回 システム構築ソリューションとシステム開発の現場の間にて

蒼海 憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 私はSIベンダーにおいて、金融系分野の業務システム構築を担うプロジェクト・マネージャ(以下、プロマネ)です。そして、ここ数年は複数のシステム開発プロジェクトを統括するプロマネとして、プロジェクトを推進しています。

 システム構築ソリューションにおいては、対象とするソリューション分野の知見でいかに差別化できるか、ということと、提案したソリューションを確実に開発するための高いエンジニアリング力が必要とされます。
 前者の業務ソリューションとしてのイノベーション、新規ソリューションへの取り組みについてはSIベンダー各社によって得意分野・課題認識が多様であり、またの機会に述べたいと思いますので、今回は後者のシステム構築のためのエンジニアリング力についての現状の課題とその取り組みについて考えたいと思います。

 先日、14年ぶりに、エドワード・ヨードン氏の「ソフトウェア管理の落とし穴―アメリカの事例に学ぶ」を読み直しました。1992年刊の本書は、1980年代を通して、アメリカ人のIT技術者は、品質面では日本、コスト面ではインドをはじめとする諸外国のエンジニアに職を奪われてしまうのではないか、という危機感・・問題意識から書かれています。ヨードン氏曰く、アメリカ人プログラマーは、「とうの昔に絶滅したドードー鳥」だ、と。

 2008年現在、日本がアメリカ人のIT技術者にとってかわるということは、杞憂に終わったわけですが、「日本」という言葉が、中国・インド・ブラジル・東欧等のIT技術者に置き換わったと考えると、この予測が誤りというよりは、少し時期尚早な警告だったのだと思います。そして、かつてチャレンジャーであったはずの日本の立場が、当時の「アメリカ」にそっくりそのまま置き換わった感があります。

 絶滅したドードー鳥にたとえられつつも、システム開発の現場においては、対象とするシステムの難易度が増し続けています。具体的には、

 そして、

 を課題と受け止め、要求事項に基づいたスコープで、納期・品質・コストを満たしつついかに円滑にプロジェクトを推進していくか、日夜、汗と知恵を絞る日々が続いています。

 システム開発には、狼男を一発で倒すような「銀の弾丸」はない、と言われますが、たった1発では無理でも10数発の弾丸を適切な場所に撃ち込めば倒すことができる・・理想のプロジェクトの実現に近づける、とヨードン氏はいいます。1992年当時の効果的な弾丸の候補として、11の項目が挙げられていました。

1. 優れたプログラミング言語
2. 優れた人材
3. 自動化ツール
4. JAD:共同アプリケーション設計
5. RAD:迅速アプリケーション開発
6. プロトタイピング
7. 構造化技法
8. 情報工学
9. オブジェクト指向方法論
10. ソフトウェアの再利用
11. ソフトウェアのリエンジニアリング

 この実装レベルでの弾丸に加えて、プロジェクトを円滑に推進するための取り組みとして、「ピープルウェア」「ソフトウェア・プロセス」「ソフトウェア方法論」「CASEツール」「ソフトウェア・メトリクス」「ソフトウェアの品質保証」などの観点が、十分条件として述べられています。
 改めて一覧を眺めてみると、前者の道具立ては様変わりしたものの・・たとえば、「優れたプログラミング言語」では、Webの到来とJavaの普及、また「JAD・RAD、プロトタイピング」の狙いであるXP等のスパイラルアップ的な開発方法の登場、「再利用」の観点でのSOA等を位置づけるのであれば、挙げられている項目については現在でも、ほぼそのまま通用するように思えます。
また、プロマネの立場からすると、後者の「ピープルウェア」「ソフトウェア・プロセス」の観点の重要性はますます高まってきています。これに加えて、要求工学やリスク管理の観点を入れた上で、これらの取り組みが全て上手くできているのであれば、実プロジェクトでバーストした不採算案件の9割方は解消するはずと思われるのではないでしょうか。
 でも、これは不思議ではなく、ここで挙げられている生産性向上施策・品質向上施策は、そもそも一斉に導入することはできず、組織的な活動として、3年の中期計画から10年以上の長期計画として継続して取り組むべき対策であり、組織的なシステムエンジニアリング強化の取組みが重要である、ということを示しています。

 ところで、膨大・広範なソフトウェアエンジニアリングの世界を体系化しようとする取り組みとして、SWEBOK(ソフトウェアエンジニアリング基礎知識体系)やPMBOK(プロジェクトマネジメント知識体系)、EAフレームワークの知識体系等がガイドというかたちで整備されつつあります。
 これらの成果は、既に一部取り込まれつつありますが、普及・適用の動きはこれから加速していくと思います。ただし、いずれの取り組みにおいても、現在の組織の実力・身の丈にあった取り組みでなければ実効性がありません。過去数十年にわたるソフトウェア工学上の蓄積とともに、自社・自プロジェクトの実力を踏まえ、「プロセス標準」「プロセス改善」「メトリクス」「ソフトウェア工場」等を取り込み、システム構築ソリューションの高度化を進めていく必要があります。

 今後、プロマネの現場における課題認識とその具体的な取り組みについて、ご紹介させていただければと思います。